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ミュージシャンたちの歴史に残る残念なPR戦略・10選

ローリングストーン日本版 8/14(日) 17:00配信

マドンナの写真集からガース・ブルックスの奇妙なオルター・エゴまで、筋書き通りに進まなかったアーティストのPR戦略とは。

【写真あり】ミュージシャンたちの歴史に残る残念なPR戦略・10選

「もし歌手として名前を売りたければ」サミー・デイヴィスJr.はかつてこう言った。「セクシーな女の子を5人雇って、ステージやカメラの前で、君をめぐって争わせればいい。それがパブリシティというものだよ」売名行為に対する大衆文化の渇望は、デイヴィスの時代からさほど変わっていない。その典型的な例が、ごく最近明らかになったインディー・ダンスバンド、ヨットの仕掛けたプロモーションだ。彼らはPRの一環として、バンドを率いるジョナ・ベックトルとクレア・エヴァンスのセックス・テープが流出したと偽ったのだ。

バンドの広報担当は、一切の関与を否定。彼らはこのでっち上げについて、『X-ファイル』や『Nathan for You』、KLFにインスパイアされた、徐々に明らかにされる策略であり、多面的なプロジェクトの一部だと弁明を述べた。彼らの行為に芸術的な意図があるかどうかは別として、世間ではすぐに反発が起こり、ベックトルとエヴァンスは実際にセックス・テープを流出されたリベンジ・ポルノの被害者を軽視していると批判された。とは言え、ヨットは浅はかな発想から生まれたスタントで報いを受けた一流ミュージシャンとは程遠い。それでは我々の記憶に残る愚かなパブリシティ・スタント10選を紹介しよう。


エルヴィス、陸軍に入隊(1958)

アメリカのまっとうな大人にとって、エルヴィス・プレスリーの入隊ほど喜ばしいニュースはなかっただろう。その当時、彼はすでにスターの座に昇りつめていたが、歪めた口元や、腰をくねらせる挑発的なパフォーマンスは、国内のモラルにうるさい人々を怒らせた。そのため、マネージャーのトム・パーカーに促されるまま、エルヴィスは海外へ渡った。世間の父親や母親の目には、ドイツ軍隊に従事した2年間は、彼を更生させる良い機会に映ったかもしれない。だが彼が帰国すると、ロックンロールは既に過去のものとなっていた。60年代、エルヴィスはよりソフトな音楽へと徐々に移行し、薬物の乱用やベガスでの奇行などが目立つようになった。もはや、これまでのカルチャーを一変させたアウトローな反逆者ではなくなっていた。


ジョンとヨーコの"ベッド・イン"パフォーマンス(1969)

69年、ジョン・レノンとオノ・ヨーコがハネムーンで行ったベッド・イン。この悪名高いパフォーマンスで、ジョンは自分たちのことを「まるで天使のようだ」と述べたという。アムステルダムとモントリオールで行われたこのイベントは、10年にわたる座り込みの抗議、いわゆる『シット・イン』の次の段階の試みで、世界平和の促進という崇高な目標を掲げたパフォーマンスであった。また、カップルの新しい活動を広める効果も狙っていた。同年にビートルズは、この2人の一連の活動を曲として録音した『ジョンとヨーコのバラード』を発表。ビートルズのファンの多くはこの出来事を非難し、ヨーコに対する見当違いの反感を招く結果となった。

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最終更新:8/14(日) 17:00

ローリングストーン日本版

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