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分析の哀しみの果てに無我はあるか「アラサーちゃん」「ちひろさん」〈「おもしろい女」その5〉

Book Bang 8/15(月) 17:21配信

 マンガに女の人生を教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で連載中のトミヤマユキコさん「たすけて! 女子マンガ」。今回のテーマは「おもしろい女」です。『のだめカンタービレ』や『はいからさんが通る』などの「無意識系おもしろい女」がボケのおもしろさを持つ女たちだとするならば、「自意識系おもしろい女」とは『臨死!! 江古田ちゃん』など、ツッコミのおもしろさを持つ女たちだといえそうです。しかし、高い分析力を持つ女たちには、人知れぬ生きづらさがあるようで……。

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『江古田ちゃん』を紹介したのであれば、峰なゆか『アラサーちゃん』シリーズも紹介せねばならない。同作は、恋愛をめぐる男女の生態を描いた作品。「アラサーちゃん」は、「モテと自我の狭間で立ち位置をきめかねている主人公」であり、江古田ちゃんに勝るとも劣らない分析力で恋する男女にメスを入れて笑いに変えてゆく。

『アラサーちゃん』の人間関係は、やや複雑だ。アラサーちゃんが好きな相手は、編集者の「文系くん」。でも彼は、雑貨店勤務の「ゆるふわちゃん」を気に入っていて「ゆるふわちゃんみたいな女の子といっしょに子供二人作って平和に暮らしたい」と思っている。そしていまだに「女の子」を自称する34歳のゆるふわちゃんは、青年実業家の「オラオラ君」が好き。でもオラオラ君はアラサーちゃんの元彼氏で、現セフレ。

 自分が好きになったひとは、自分を好きではないし、自分を好いてくれる人は「なぜそこを?」みたいな所を好きになるから受け入れられない。永遠に交差しない想いだけが、グルグルと渦巻きながら、出口を探している状態。少女マンガではおなじみの「全員片想い」設定を大人の世界に持ち込み、狭いサークルの中で人間関係を煮詰めてゆく手法は、エグいけれど、珍味のような旨さがある。

 同作をはじめて読んだとき、アラサーちゃんが「モテと自我の狭間で立ち位置をきめかねている」キャラだと知って、そのリアルさに舌を巻いた。20代ならばさして悩まなかったモテと自我のバランスが徐々に崩れてゆくアラサーならではの不安感を、この設定はとてもよくあらわしている。「若い女」という仮面の下に厄介な自我を押し込めていればそれなりにモテた20代とアラサーとでは、事情が違うのだ。仮にマニュアル通りの言動でモテても、そんなの空疎すぎて、30年モノの自我が納得しない。かといって、自我をそのまま表に出せば、若さというオブラートがない分、モテは遠のく。

 モテのために自我を殺すか、自我を生かしてモテを殺すか。もちろん、モテと自我が両立するなら、それに越したことはないのだけれど、それは限りなく奇跡に近い。

 だからアラサーちゃんは、自我をめぐるトライ&エラーを繰り返す。たとえば、文系くんがゆるふわちゃんを好きだと知れば、彼女と似たような格好をしてみる。文系くんはすごく喜ぶが、当のアラサーちゃんは「私にも社会生活ってものがありまして…/あなた色に染まれない私を許して!!」と言いながら服をゴミ箱に捨ててしまう。……身に覚えがありすぎて、共感しすぎて、胸がいたい。こんなモテ方をしても虚しいだけだということが、若い時よりもハッキリと分かってしまうのがアラサーだよなあ。とくにアラサーちゃんは分析上手だから「これは失敗だ」と気づいて言語化して反省するまでが一瞬で、それが余計に虚しさを加速させるのだよなあ。

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最終更新:8/15(月) 17:21

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