ここから本文です

プロフェッショナルの「奥義」とは何か[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

Forbes JAPAN 8/15(月) 17:00配信

学生時代、スキーを習っていたときのこと。急な斜面の滑り方を覚えるために、若手のコーチについて教わっていたが、なかなか滑れるようにならなかった。



その若手コーチは、緩やかな斜面で、スキーのエッジの利かせ方、膝の屈伸、体重の抜重、前傾姿勢、ストックの使い方など、個別の技術について、一つひとつ懇切丁寧に教えてくれる。

しかし、それぞれの技術については、何度も練習し、身につけたはずなのだが、実際に急な斜面を滑ってみると、うまく滑れない。

そうして悪戦苦闘していると、それを見ていた年配のコーチが、一言、アドバイスをくれた。
 
君は、斜面を怖がっている。
転ぶことを恐れずに、
斜面に飛び込んでみなさい。

この言葉を聞き、腹を括り、思い切って斜面に向かって飛び込んだ。

その瞬間、驚いたことに、それまで身につけてきた個別の技術が一つになり、全身が自然に動き、急斜面も滑れるようになった。

思い出深い瞬間であるが、この体験から、二つ、大切なことを学んだ。

一つは、プロフェッショナルが高度な能力を習得するとき、身につけた個別の技術が、「全体性」を獲得する瞬間があるということ。

もう一つは、その瞬間は、「技術の在り方」ではなく、「心の置き所」と呼ぶべきものを掴んだとき、訪れるということ。

実は、このことは、スポーツの世界だけでなく、ビジネスの世界でも、共通の真実である。

例えば、一流のプロフェッショナルが発揮する高度なプレゼンテーション能力。

それは、プレゼン資料の作り方、スライドの映し方、切り替えのタイミング、プレゼンの姿勢、身振り手振り、表情や眼差し、そして発声など、一つひとつの技術を習得しただけでは、決して身につけることはできない。

そうした個別の技術を磨いても、なかなか、顧客の共感を得られるプレゼンテーションができないとき、ふと、優れたプロフェッショナルからアドバイスを受ける。

君は、「顧客に売りつけてやろう」
という気持ちが強すぎる。
顧客は、その操作主義を感じ、
気持ちが離れていく。
 
君の説明は、流暢だが、
どこか「上から目線」になっている。
その無意識の傲慢さを、顧客は感じ、
気持ちが冷めていく。

こうした指摘を受け、その指摘を謙虚に受け止めたとき、そのプロフェッショナルは、初めて「スキル倒れ」という言葉の意味を掴み、一流のプロフェッショナルへの道を歩み始めるのであろう。

すなわち、もし、プロフェッショナルの高度な能力に「奥義」と呼ぶべきものがあるとすれば、それは、「技術の在り方」ではなく、その技術の奥にあるべき「心の置き所」に他ならない。

昔から、日本では、職人や芸人の道、剣や弓の道は、「技を磨く」「腕を磨く」という道から始まり、自然に「心を磨く」「人間を磨く」という道へと深まっていくが、その理由は、この一点にある。

では、なぜ、我々は、プロフェッショナルをめざすとき、しばしば、「技術の在り方」に目を奪われ、「心の置き所」に目を向けることを忘れてしまうのか?

実は、忘れてしまうのではない。無意識に避けてしまうのである。

なぜなら、「心の置き所」に目を向けることは、自身の心の中の不安や恐怖、傲慢や驕りに目を向けることであり、それは、自身の心の中の「小さなエゴ」の姿を直視する、苦痛を伴うプロセスでもあるからである。

そのエゴを見つめる「静かな自分」が生まれてきたとき、我々は、「奥義」の一端を掴み始める。

田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)GACメンバー。世界賢人会議Club of Budapest日本代表。近著に『人間を磨く』『人生で起こること すべて良きこと』 tasaka@hiroshitasaka.jp

田坂 広志

最終更新:8/15(月) 17:00

Forbes JAPAN

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Forbes JAPAN 2017年1月号

株式会社アトミックスメディア

2017年1月号
11月25日(金)発売

890円(税込)

Forbes ID 無料会員登録を受付中!
今ならもれなく電子版最新号をプレゼント

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。