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詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイントとは --- 尾藤 克之

アゴラ 8/16(火) 12:10配信

いま、自民党憲法案を論じたユニークな書籍が話題になっている。『詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント』(ポエムピース)(http://amzn.to/2b8uquo)である。

著者の谷内修三(以下、谷内)は詩人として活動をしている。「現代詩手帖賞」「福岡県詩人賞」「中新田文学賞」などの受賞暦があり、評論集も多数発行している。

本書では、自民党憲法案に対して独自の分析による問題提起をしている。詩人としての分析は興味深いので簡単に紹介をしたい。

谷内は、7月3日の参院選選挙運動の真っ最中、いわゆる「選挙サンデー」と言われる日、「異様な静けさ」に気がついたそうだ。国政選挙なのに、報道しない。だれが、どんな主張をしているか、争点は何か、それを報道しない。これでは「静か」になるはずだと。

●現行憲法と自民党憲法案を比較して見えてくるもの

「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。」

これは、自民党憲法改革草案の前文に記載されている文章である。

谷内は、次のように分析している。この箇所は「我が国は世界の平和と繁栄に貢献する」と要約することができる。これだけ読むのであれば「正しい」ことを主張しているように見える。しかしこれは矛盾している。

それは、「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、」の部分である。「大戦」と「幾多の大災害」は同列ものではない。「大戦」は国が引き起こす人為的なもの。「大災害」にも人為的なものはあるが、「自然」が原因である。

例えば、「大地震」を例にとれば分かりやすい。「大地震」も人知を尽くし予知し、災害規模を減らすことはできるが、地震そのものを発生させないというのは困難である。それは「戦争」と同列にあつかってはいけないものである。

しかし、「先の大戦による荒廃や幾多の大災害」と言葉をつなげるとき「大戦」もまた、不可抗力で起きたかのように見えてしまう。そこには矛盾が存在する。「先の大戦」は地震のように、人間の支配できないところで発生したものではない。

また、谷内は、現行憲法との比較について次のように述べている。

現行憲法の前文の主語は常に「日本国民」である。「正当に選挙された」という「受け身」の動詞は、国民が「正当に選挙して、選んだ」という意味である。「日本国民」は「われら」と言い直されている。「国民」が「行動する」のである。「行動させられる/統治される」のではない。

さらに、「政府」が「国民」を支配し「戦争を起こす」ようなことがあってはいけない、と書いている。「政府」が主語になることを禁じている。「政府」の行動を縛っている。そのために憲法をつくったのである。

「そして、主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

と言い直している。「主権」は「国民」にある。「政府」はそれに従うもの。憲法は政府を拘束するもの、と宣言している。

これに対し、自民党の改正草案は「国民」は主語としては出てこないと分析している。谷内は詩を読む方法で「改正草案」を読んだとのことだ。

●多くの人が関心をもち歴史を学ぶこと

ミュージシャンが読めば違う疑問が出てくるかも知れない。絵を描く人から見れば、また違うものが見える。水泳をする人やマラソンを走る人も、違った視点を持っている。子育てに忙しい主婦やバイトで忙しい人も違ったものが見えてくるかも知れない。

そして、それぞれの立場の人が、自分の言葉で「自民党憲法案」について言えるようになれば興味深いと谷内は述べている。

本日、日本は71回目の終戦記念日を迎える。今年は、広島に現職の大統領としてはじめて、オバマ大統領が訪問した。これまで、アメリカでは、現職大統領の被爆地訪問はタブーだったが多くのメディアは好意的に報じた。

戦争を過去の出来事として考えられるようになっている今日、歴史に真摯に向き合うことは大変意義がある。私たちはもう一度、歴史について学んでみることが大切だと感じている。

尾藤克之
コラムニスト

尾藤 克之

最終更新:8/16(火) 12:10

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