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夏の珍事? パ3割打者、ロッテ角中1人のみ。このままならリーグ初のシーズンに

ベースボールチャンネル 8/16(火) 6:50配信

今季終了時点でも打率3割超えが角中一人だったらパ初

 8月14日終了時点で、パリーグは3割打者が角中勝也ひとりだけ。

パの打撃3傑。
1. 角中勝也(ロッテ)395打数132安打 打率.334

2. 秋山翔吾(西武)448打数134安打 打率.299

3. 西川遥輝(日本ハム)355打数106安打 打率.299

 もし角中が最終的に「3割打者1人」となれば、パリーグでは初めてのことだ。NPB全体をみれば「3割打者ゼロ」というシーズンが1度あった。

1942年 1リーグ
1. 呉 波(巨人)370打数106安打 打率.286

2. 岩本義行(南海)358打数98安打 打率.274

3. 中島治康(巨人)426打数111安打 打率.261

 第二次世界大戦がはじまり、物資不足の中、ボールが粗悪で飛ばなかったことが原因だとされる。

 1リーグ時代は「3割打者1人」は2回ある。

1941年 1リーグ
1. 川上哲治(巨人)339打数105安打 打率.310

2. 白石敏男(巨人)311打数83安打 打率.267

3. 中島治康(巨人)341打数87安打 打率.255

1943年
1. 呉 昌征(巨人)297打数89安打 打率.300

2. 山田 伝(阪急)276打数75安打 打率.272

3. 吉田猪佐喜(名古屋)303打数77安打 打率.254

 呉波は、1943年以降、登録名を呉昌征に変更してプレーした。映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』で話題になった台湾公立嘉義農林学校の野球部出身。野球殿堂も入りしている名選手だ。

この現象は夏の珍事?

「3割打者1人」はパではまだないが、セでは4回ある。

1959年
1. 長嶋茂雄(巨人)449打数150安打 打率.334

2. 飯田徳治(国鉄)442打数131安打 打率.296

3. 与那嶺要(巨人)432打数124安打 打率.287

1962年
1. 森永勝治(広島)476打数146安打 打率.307

2. 近藤和彦(大洋)471打数138安打 打率.293

3. 並木輝男(阪神)431打数125安打 打率.290

1970年
1. 王 貞治(巨人)425打数138安打 打率.325

2. 安藤統夫(阪神)378打数111安打 打率.294

3. 遠井吾郎(阪神)416打数118安打 打率.284

1971年
1. 長嶋茂雄(巨人)485打数155安打 打率.320

2. 衣笠祥雄(広島)460打数131安打 打率.285

3. 水谷実雄(広島)481打数136安打 打率.283


 パリーグでは「3割打者2人」のシーズンもなく、3人のシーズンが1966年だ。

 もし今季、角中が1人3割打者となれば、71年の長嶋茂雄以来、NPB全体でも45年ぶりという珍現象だ。

 今季のパリーグ平均打率は.257、昨年は.256だから、リーグが投高打低に推移したとは言えない。

 偶然の産物だとしか言いようがないだろう。

 もっとも、今季のパリーグは3割打者は角中一人だが、.290以上の打者が10人もいる。大量得点試合が続けば、あっという間に3割打者が数人できる。

 そういう意味では、夏の一瞬の珍現象に終わる可能性もある。

ベースボールチャンネル編集部

最終更新:8/16(火) 6:50

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