ここから本文です

メダルどころか惨敗の女子マラソン。できることはなかったのか?

webスポルティーバ 8/16(火) 7:10配信

 強い日差しの中スタートした、リオデジャネイロ五輪女子マラソン。日本勢惨敗の予兆は、8km過ぎにレースが少し動いた時の各選手の対応にあった。

【写真】陸上界にもこんな美女が! エラ・ネルソン(オーストラリア/陸上200m)

 ゆっくりしたペースで始まったレースだったが、7.5kmあたりからアメリカのデジレ・リンデンを先頭にややペースアップすると、8km過ぎでは大集団がふたつに割れる形になった。その時、日本勢は全員、後ろの集団に入ってしまったのだ。

 田中智美を指導する山下佐知子監督は「調子も悪くなかったので、何であそこで間を開けられたのかわからなかった」と話す。先頭集団にはケニアとエチオピア、アメリカの各3名に、バーレーンと北朝鮮が2名ずつ。日本勢には「アフリカ勢が動くには早すぎる」という思い込みもあったのだろう。そのアフリカ勢の前にリンデンが出たのが見えず、ジワジワとペースが上がっていたのに気がつかなかった。

 その後、田中と福士加代子は後方集団の前で引っ張ったが、前方集団との差はなかなか縮まらない。10km過ぎの給水でアフリカ勢が再び動いたこともあり日本勢は一時、10秒以上も離される状況になった。

 そんな中で11.9kmから福士が単独で前を追い始め、12.4kmで追いついた。またアフリカ勢もペースを落としたため、田中も追いつくことができ、集団は18人ほどに膨れ上がった。

 しかし、20km手前から田中が北朝鮮の二人とともに遅れ始める。そして中間点手前では、それまで余裕を持って走っていたように見えた福士も急激に遅れ始めた。これで日本勢はメダルをかけた勝負から完全に脱落していった。

「金メダルを獲りたいと思っていたし、20kmのところでは集団の中でも居場所を作れたので、まだ金メダルを獲れると思っていました。でもそのあとで遅れた時には『もう一回』という感じではいけなかった。脚に来ていたし、呼吸もちょっとあがっていたので、20kmまでは楽にいけたけど、その中でもペースの上下がけっこうあったので。2~3回目でやられてしまいました。最初に離された時は少し後ろ目にいたときでしたが、次は大集団の中の位置取りが難しかった」と福士はレースを振り返る。また田中も「給水のたびにアフリカ勢がペースを上げ下げしていたので……。それがあるとは分かっていたんですが、激し過ぎるのできつくなってしまった」という。

1/2ページ

最終更新:8/16(火) 7:10

webスポルティーバ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sportiva

集英社

Sportivaムック
11月10日発売

定価 本体1,389円+税

フィギュアスケート特集
『羽生結弦 未来を創る人』
■羽生結弦 インタビュー、エッセイ
■羽生結弦 フォトギャラリー

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。