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フェルプスと2人の後継者 --- 長谷川 良

アゴラ 8/16(火) 12:10配信

リオデジャネイロ五輪は13日、競泳男子400mメドレーリレー決勝が行われ 米国チームが3分27秒95の五輪新記録で優勝、第3泳者のマイケル・フェルプスが通算23個目の金メダルを獲得し、全水泳競技を終えた。リオ夏季五輪の焦点は水泳競技からいよいよ陸上競技に移る。

競泳では「フェルプスで始まり、フェルプスで幕を閉じた」といった感じがする。とにかく、フェルプスはリオでも公約を超え、5個の金メダルを獲得した。2000年のシドニー大会から5回の五輪に参加し、通算23個の金メダル、3個の銀メダル、2個の銅メダル、計28個のメダルを獲得したことになる。

全競泳が終わったので当方の感想、印象をまとめる。リオとウィーンの間の時差もあって、当方は朝3時ごろから水泳競技をフォローしてきた。忘れられないのは、日本人スイマーの活躍だ。目を見張るものがあった。競泳男子400メートル個人メドレーで、萩野公介選手が金、瀬戸大也選手が銅メダルを取った時、表彰式を見逃してしまったが、女子200メートル平泳ぎで金藤理絵選手が2分20秒30で初優勝し、同選手が金メダルをもらうシーンを見ることができ、リオ五輪大会で初めて日本の国歌を聞くことができた。感動した。

リオで活躍した日本人スイマーは4年後の2020年東京五輪大会でもメダルが期待されるが、4年間で新しい選手が成長してくるだろう。後継者の人材育成が不可欠となる。

ところで、フェルプスがアテネ大会で6個の金メダルを獲得し、一躍英雄となった時の話だ。フェルプスのサイン会が開かれた。その時、今回のリオ大会で4個の金メダルを獲得し、米女性スイマーの中で大活躍したケイティ・レデッキー選手がフェルプスのサイン会に出て、彼からサインをもらっていたという。当時9歳の少女だった同選手は、「自分もいつかフェルプスのように大スイマーとなりたい」という夢を持ったという。

その彼女がリオ大会でフェルプスと同じ米国チームに入り、五輪大会に参加し、それも4個の金メダルを獲得したのだ。レデッキー選手はとにかく凄い。200m自由形、400m自由形、800m自由形の自由形3冠を手に入れた。800m自由形では彼女は最初から圧倒的だった。彼女はまだ19歳だ。東京大会にも必ず参加してくる。日本の女性スイマーにとって大きなライバルだ。

フェルプスがリオ大会で唯一、金メダルを逃した100mバタフライ決勝で、彼から金メダルを奪ったのはシンガポールのジョセフ・シューリング選手(21)だ。彼はシンガポール水泳界初の金メダリストとなったが、シューリング選手とフェルプスは昔出会っている。厳密にいえば、シューリング選手は13歳の時、自分のアイドルだったフェルプスに出会い、一緒に写真を撮っているのだ。フェルプスら米国チームは当時、北京五輪大会の準備のためシンガポールに滞在していた。水泳クラブで練習していたシューリング選手はその時、自分のアイドルだったフェルプスに出会ったのだ。

フェルプスは「リオ大会は自身の最後の五輪」という。そして最後の大会で5個の金メダルと1個の銀メダルを追加させた。五輪後、彼は何をするのだろうか。フェルプスは幼かったレデッキー選手にサインを与え、13歳のシューリング選手と一緒に写真を撮った。その両者がリオ大会で金メダリストとなった。シューリング選手はフェルプスを破ったリオ大会唯一のスイマーという栄光をも獲得した。

時代は回り、世代は変わる。東京夏季五輪大会では必ず新しいスイマーが登場するだろう。フェルプスが世界のスイマーたちに与えた感動は新しい英雄を生み出すだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』(http://blog.livedoor.jp/wien2006/)をご覧ください。

長谷川 良

最終更新:8/16(火) 12:10

アゴラ

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