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「成長を測る存在」ナダルを撃破。錦織圭の銅メダルは強さの証

webスポルティーバ 8/16(火) 11:38配信

「3位決定戦で負けて4位になるのは、どんな気分なんだろう」と、錦織圭は“オリンピック選手”としても大先輩にあたる、松岡修造氏に尋ねたことがあるという。

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 通常は、負けた時点でその大会は過去として置き去りにし、次の戦いが待つ町へと旅立つのが、テニスプレーヤーの日常だ。そんな習性が身体の芯まで染み込んでいる彼らにとって、3位決定戦はあまりに独特なシステムであり、ゆえにもっとも“オリンピック”を感じる戦いなのかもしれない。

 トロントとシンシナティで開催される、ふたつのマスターズ大会に挟まれたリオデジャネイロ五輪に出るということは、スケジュールや体調面で大きなリスクを伴うものでもあった。ましてや錦織は、ウインブルドンで左脇腹の痛みのために、4回戦途中で棄権している。しかも今回のリオ五輪では、勝ち進んでもランキングポイントは得られない。それらの状況を考慮し、出場を辞退した選手も少なくはなかった。

 そのオリンピックに出る理由を、錦織は、「子どものころから夢見た場所だから」と端的に明言した。彼をよく知る人たちも、「メダルを本当に欲している」と口をそろえる。

 他競技のトップアスリートたちとの交流も、錦織が五輪で望んだことのひとつ。残念ながら、「話してみたい」と言っていたゴルフの松山英樹の姿はリオになかったが、以前から交流のある陸上の桐生祥秀との再会も楽しみにしていた。

 もっとも、実際には錦織こそが、他の多くのアスリートたちが会いたがっていた選手だろう。今回は開会式の参加を見送った錦織だが、会場に向かう日本選手団の“見送り”には行った。すると、たちまち選手たちに囲まれて、「一緒に写真を撮ってほしい」と求められたという。戦い慣れたツアーとは異なる熱気と景色に包まれて、リオでの錦織はメダルを追っていたのだろう。

 そんな錦織が、負ければ手ぶらで去ることになる3位決定戦で戦った相手が、ラファエル・ナダル(スペイン)だというのも、どこか運命的な巡り合わせだ。

 ナダルとは錦織にとって、自身の成長を測る物差しのような存在である。

 初めて両者がボールを打ち合ったのは、錦織がまだ16歳のとき。当時すでに、若き“赤土の王”としてクレーコートを支配していたナダルが、全仏オープン決勝前日の練習相手に選んだのが、錦織だったのだ。この練習後、ナダルの伯父でコーチでもあるトニーは錦織のコーチに、「彼は将来、トップ10になる」と告げたという。対する錦織は、「打つだけでラケットが弾かれそうになる。全然相手にならない」と、世界の頂点との距離を悟った。

 公式戦での初対戦は、その2年後に実現する。当時18歳のツアー新参者は、敗れはしたが、ナダル相手にフルセットの熱戦を演じてみせた。

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最終更新:8/16(火) 11:38

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