ここから本文です

これを書いているのは自分ではないか? 共感を呼ぶジェーン・スーの品定め 『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』 (ジェーン・スー 著)

本の話WEB 8/17(水) 12:00配信

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。

 ネットで「七分丈の憂鬱」を試し読みしたとき、これを書いているのは自分ではないかと思うくらい共感した。七分丈レギンス(かつてはスパッツ)にチュニック丈というスタイルが、ちまたの女性から、おそろしい勢いで潮がひくように見られなくなってしまったのだ。2015年初夏に都心で観察されたというその現象は、今や私の住む地方都市でも、同様に起こっている。

 ユニクロ東京ミッドタウン店でのやりとりに始まり、ネットでその現象を確認し、立腹し、くよくよし、平気を装い、がっかりもする。その過程の一つ一つにうなずき、ユーモアたっぷりの表現に笑いながら救われた。

 その昔の「パシュミナ」や「紺ブレ」の流行が終わったときよりも、衝撃は大きい。なぜなら「お腹の出ている中年にとって、チュニックやワンピースにレギンスというスタイルは鉄板です。あれがギリOKな限り(中略)私たちは戦場に残っていられるはずでした」と著者の言うとおり。

 戦場という言葉が出たが、本書は、「43歳、都会で働く大人の女」が、そこそこイケているように見えるために装着すべき、さまざまな甲冑を試したり試さなかったり、試しかけてクローゼットにしまいこんだりという戦の記録。「赤い口紅」「オーガニック」「ヨガ」「ディズニーランド」「ひとり旅」「京都」などなど甲冑はさまざまだ。

 著者自身は、ほぼ常にトホホな低め安定の位置に身を置きながら、それぞれの甲冑がどのような価値観をまとうものかを看破する目が、まことに鋭い。

 甲冑へのあこがれを隠さず、けれどその重さを我慢することはせず、不必要だと思うものも、いきなり断捨離して喪失感を味わうことは、避ける。ある意味、絶妙なバランスをとりながらの自意識の迷いと格闘が、繰り返される。

 甲冑を品定めする視線は、低め安定の位置だけれど(これは多くの読者の共感を呼ぶ大事な装置でもあるだろう)、軽妙なコラムの筆致は、高め安定の「今」を感じさせてくれるもので、読む楽しみを与えてくれる。

俵 万智(たわら・まち)

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。

文:俵 万智

最終更新:8/17(水) 12:00

本の話WEB

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。