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海外のCG現場は日本と何がちがうのか?~海外就労経験アーティスト座談会~

CGWORLD.jp 8/17(水) 13:02配信

毎年CGWORLD7月発売号で年次企画として実施している「CGWORLD白書」でおなじみのアーティスト座談会。今回は、海外プロダクションでの就労経験を経て帰国後も活躍されているお三方に、海外と日本での働き方のちがいやご自身の環境による働き方の変化などを語っていただきました。

CGを始めてから現在までのキャリア

CGW:さっそくですが、これまでのキャリアをお伺いします。

米岡:僕が最初にCGに触れる機会があったのは、大学時代の「メディアアート」の授業のときです。そこで初めてCGというものを見て、やってみたいなと。卒業してからは笹原組(※1)に参加して、アニマ、アニマロイド、デジタル・メディア・ラボ、オムニバス・ジャパン、オキシボットと、基本的にはフリーランスとして様々な会社に携わりました。それから2011年に海外に渡って、ドイツのPIXOMONDO、カナダのScanlineVFXで勤務し、一昨年の7月に日本に戻ってきて、エフェクト専門の会社「ステルスワークス」を起ち上げました。基本的にはずっとエフェクトでやってきています。

菊地:CGを始めたのは97年か98年頃ですね。高卒で、小さなTV番組のCGを請け負う会社で1年半くらい働いて、その後ちゃんと勉強をしたいと思ってカナダの大学へ留学しました。で、4年間勉強して卒業後、スクウェア(現スクウェア・エニックス)のヴィジュアル・ワークスに4年半在籍しました。それからBlizzard Entertainment(以下、Blizzard)に6年間、日本に戻ってマーザ・アニメーションプラネット、その後ILM、Weta Digital、という感じです。今は国内でフリーランスでやっています。エフェクトがメインですが、パイプラインやレンダリングまわりのテクニカル・ディレクター(TD)的な働き方もしています。

鈴木:僕は大学と並行してCGの専門学校に通ってMayaを習得し、大学卒業後にスクウェアに入りました。もともと海外志向があったので、ちょうど『ファイナルファンタジーXIII』が終わったところでタイミング良くBlizzardへ。で、ビザ更新のタイミングと子どものこともあって帰国し、今は株式会社フォトン・アーツのスーパーバイザーとフリーランスの2足のわらじでやらせていただいています。

CGW:米岡さんは一昨年に帰国されて、ステルスワークスを起ち上げられたのはいつ頃でしたか?

米岡:2015年の6月9日ですね。ちょうど1周年になります。

菊地:おめでとうございます!

米岡:ありがとうございます。去年は子どもも生まれ、会社も起ち上げといろいろ大変でしたが、充実した日々を送らせていただいています。

鈴木:菊地さんはTD的な動きもされるとのことでしたが、米岡さんはTDのくくりになるんですか?

米岡:一応TDではありますが、アーティスト業も多いです。菊地さんみたいにプログラムに強いわけではないですね。

鈴木:じゃあ、菊地さんと米岡さんは同じエフェクトでもちょっとフィールドがちがってくるわけですね。

菊地:そうですね。あとはソフトもちがいます。米岡さんは3ds Maxですが、僕はHoudiniです。

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最終更新:8/17(水) 13:02

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