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「自主キャプテン」福原愛の止まらぬ涙。卓球女子、歓喜の銅メダル

webスポルティーバ 8/17(水) 18:35配信

 涙が止まらなかった。幼少の頃からテレビに登場し、たくさんの涙を流してきた“泣き虫愛ちゃん”。でも、勝利後に涙が止まらないという経験は初めてだった。チーム最年長となる27歳で臨んだ卓球女子団体で、福原愛は銅メダルを獲得した。

【写真】個人戦でも苦しんだ福原愛

「これまで(リオを除いて)3回五輪を経験させてもらって、メダルを獲れた五輪と、獲れなかった五輪の差を痛いほどわかっているので、なんとか死守できてホッとしています」

 過去の3大会以上に苦しんだ五輪だった。男女を通じて史上初となるシングルスのメダルを目指した個人戦では準決勝に進出するも、中国の李暁霞(リ・シャオシャ)に何もできず敗れ、3位決定戦でも北朝鮮のキム・インスに敗れた(日本勢初のシングルスメダルは翌日に水谷隼が銅メダルを獲得)。メダルにあと一歩と迫ったからこそ、敗れた悔恨の思いは募った。

 団体戦に入っても、4時間を超える死闘となったドイツとの準決勝第5試合で、フルゲームまでもつれた試合を落とした。伊藤美誠とペアを組んだ第3試合のダブルスに続く敗戦で、決勝で待つ卓球大国・中国への挑戦権を失った。

「ドイツとの準決勝でものすごく悔いの残る試合をしてしまって、ずっと苦しかったですし、(準決勝から3位決定戦までの)この2日間ずっと負けた試合のことを考えていました。気持ちを切り替えたと自分では思っても、やっぱりドイツ戦の最後に勝っていれば……という思いが巡ってしまって。でも、もしこの気持ちを引きずってメダルを逃したら、私や(石川)佳純ちゃんはもちろん、(伊藤)美誠に4年間、しこりが絶対に残る。それだけは避けなければと思っていました」

 3位決定戦の相手はシンガポールだった。第1試合のシングルスに登場した福原は、第1ゲームを先取するも、ゲームカウント2-3で敗れてしまう。第2試合のシングルスには石川が登場し、世界ランキング4位のフェン・ティアンウェイとのエース対決をストレートで制す。

 続くダブルスの福原・伊藤ペアは第1ゲームを落として迎えた第2ゲームを12-9で制す。最後のポイントは、ラリーの末に、伊藤が打ったボールがエッジボールとなった。リオにおける福原は、個人戦の3位決定戦や団体戦・ドイツ戦の大事な局面で、エッジボールに泣かされてきたが、この幸運が福原と伊藤に流れを引き寄せる。そして残りの2ゲームを連取して日本が逆転に成功した。

「最後に(これまでの不運が)全部返ってきた(笑)。やっぱり神様はいるんだなって思いました」

 第4ゲームは連戦となる伊藤がシングルス戦に臨み、フェン・ティアンウェイをストレートで下した。試合前にはタブレット端末で相手の試合映像を確認し、福原や石川にアドバイスを受けていた。15歳の伊藤は言う。

「(相手のフェンは)石川さんも福原さんも、この大会で戦っている選手だったので、戦術や、どんなことをやってくる選手なのかを教えていただきました。私はただ『思い切ってやろう』と心掛けてぶつかっていくだけでした」

 勝利で貢献はできなくとも、福原は心の支えとしてふたりの後輩を援護射撃した。

「今回はキャプテンということで、負けても勝っても私が動じたらダメだと毎日強く思っていたので、『絶対に泣かない』って決めて頑張っていたんですけど、最後に勝って……泣いちゃいました」

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最終更新:8/17(水) 19:41

webスポルティーバ

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