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リオ五輪、英国のメダルラッシュが炙りだしたエリートスポーツの光と影 - 木村正人 欧州インサイドReport

ニューズウィーク日本版 8/17(水) 15:00配信

<イギリスのエリートスポーツはEU離脱後の沈滞ムードを吹き飛ばしたが、草の根スポーツの育成をおろそかにしたままでは所詮、持続不可能だ> (写真はイギリスのスポーツエリートの1人、アダム・ピーティ。リオ五輪の男子100メートル平泳ぎで世界新記録を出し金メダルを獲得した)

 リオデジャネイロ五輪で熱戦が繰り広げられている。体操団体総合と男子個人総合で2冠を達成した内村航平選手をはじめ、柔道、競泳陣を中心とした活躍で、2020年に東京五輪を控える日本は金7個、銀4個、銅15個の計26個というメダルラッシュに沸いている(8月15日時点、BBC集計)。



 同じ島国で、日本より人口も国内総生産(GDP)も少ない英国はもっとすごい。金15個、銀16個、銅7個の計38個で、瞬間風速ながら中国の金15個、銀13個、銅17個の計45個を抜いて2位。総メダル数では中国に及ばないものの、金メダルは同数、銀メダルで3個も上回った。



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 欧州連合(EU)をめぐる6月23日の国民投票で離脱を選択してから英国では何も決めることができず、すべてが先送りになっている。重苦しい停滞感の中で、英国選手の活躍は一服の清涼剤になる。成功の秘訣は12年ロンドン五輪のレガシー(遺産)と、英国流スポーツマネージメントにある。



 英国の五輪・パラリンピック選手はメダルを取ってナンボの世界だ。日本では「お国のため」という意識がまだ強いのかもしれないが、英国では成果主義が徹底している。成績を残すことができなければ、容赦なく助成金を削られる。競技団体も目標のメダル数に届かなければ予算カットの憂き目に合う。

メダル量産の原資に宝くじ

 選択と集中。目標設定、助成額の決定、評価を担当するのが文化・メディア・スポーツ省所管の公的機関「UKスポーツ」だ。エリートスポーツの育成・強化支援、国際大会の誘致支援などを主な業務にしている。

 英国は1996年のアトランタ五輪で金1個、銀8個、銅6個の計15個で36位に沈んだ苦い経験がある。それまで五輪強化費は年間わずか500万ポンド。エリートスポーツのために税金を投入すると言っても、なかなか納税者の理解は得られない。当時のジョン・メージャー首相は知恵を絞った。「国営宝くじの収益を使おう」。そして翌97年にUKスポーツが設置された。

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 UKスポーツの2013~17年予算内訳は、国営宝くじ収益3億5千万ポンド(全体の約68%)、国庫1億6千万ポンド、その他200万ポンド。その中から、英国が得意とするボート競技に3262万ポンド、自転車に3026万ポンドを助成するなど、リオ五輪・パラリンピックの強化に総額3億4725万ポンド(約450億円)を投じている。

 競泳男子100メートルで平泳ぎで57秒13の世界新記録をマークして金メダルを獲得したアダム・ピーティ選手(21)もUKスポーツから支援を受ける。14歳のとき国内大会に遠征する金がなく、友人や近所の人がパーティーを開いて資金を集めてくれたのが、トップアスリートへの第一歩だった。




ピーティ選手の活躍を報じる英大衆紙デーリー・メール

 12年には、将来メダルが期待できる有望選手としてUKスポーツから年1万5千ポンドの助成を受ける。コーチもUKスポーツのエリート・コーチング・プログラムに選ばれた。2年後、グラスゴーでの英連邦大会で五輪金メダリストを破った。五輪メダルが視野に入り、トレーニングに集中できるよう助成金は2万8千ポンドに引き上げられた。

 オカネを出したからと言って、必ず結果がついてくるわけではない。その使い方が大きなカギを握る。英国はスポーツマネジメントが非常にうまい。課題をどう克服していくか、アスリートとコーチが話し合って目標を設定する能力に長けている。

 近代スポーツは高速化、高度化、高密度化、高強度化が急速に進む。UKスポーツ傘下の研究所では宇宙工学や大学と組んで最新の生理学、技術、素材を導入している。日本ではスポーツ工学、スポーツバイオメカニクスなどの垣根が残るが、英国では異なる分野の知識を融合できる人材が育っている。

この成功は続かない

 ロンドン五輪組織委員会会長を務めたセバスチャン・コーは1980年モスクワ五輪、84年ロス五輪の陸上男子1500メートルで金メダル、800メートルで銀メダルを連続して獲得した。英国では実力派のアスリートがその後、有力なマネージャーとしても活躍している。

 英国のエリートスポーツは大きな花を咲かせた。メダリストは報道陣に対し、まじないのように「国営宝くじさん、ありがとう」と応じる。しかし、スーパーヒーロー、ピーティ選手が育ったイングランド中部のダービー市スイミングクラブは一時、閉鎖寸前にまで追い込まれた。練習に使っているプールの老朽化が進み、3カ月近く使えなくなったからだ。

 2つあるプールのうち1つはいずれ使えなくなる。25メートルプールを本格的な50メートルプールに拡張したいが、地方財政は逼迫している。ピーティ選手の金メダル効果で何とか市民の理解を得たいところだ。

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 エリートスポーツと草の根スポーツ、一体どちらが主役なのだろう。草の根スポーツとして大きな可能性を秘めるバスケットボールやバレーボールへの、UKスポーツからの助成はゼロ。五輪など大きな国際大会で入賞が期待できないからだ。

 エリートスポーツの成功は五輪を開催した後の2大会しか続かない。五輪への情熱を政治が急速に失っていくからだ。08年北京五輪を開催した中国と英国の逆転は一瞬の現象に過ぎないが、エリートスポーツの残酷な限界を物語る。

 草の根スポーツが衰退すれば、その頂点に立つエリートスポーツの未来も閉ざされる。英国でも草の根スポーツの意義がリオ五輪での成功で改めて問われている。五輪開催をめぐってゴタゴタが続いた日本では草の根スポーツとエリートスポーツの関係はどう描かれているのだろう。

木村正人

最終更新:8/17(水) 15:00

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