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ますます許容されていく「監視」への違和感 - 武田砂鉄 ニュースの延長戦

ニューズウィーク日本版 8/18(木) 18:45配信

<相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件をきっかけに、措置入院患者の監視強化を求める風潮が高まっていることに違和感を覚える。権力側が「監視」を拡大することに私たちは無頓着すぎるのではないか>(写真はスコットランド・エジンバラ市内の監視モニター)

 相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件を受け、その議論がたちまち容疑者の措置入院歴と監視強化の必要性に向かったのには違和感を覚えた。慎重に議論するべきだが、事件発生の原因を急いで一つに絞りたがるいつもの悪癖が稼働し、「○○が○○であれば防げたのではないか」という○○に答えを当てはめるための報道が積もっていった。

 言うまでもなく認められて然るべき数多の人権を侮辱する発言を吐き続けた男による許し難い犯行を受けて、自民党・山東昭子参議院議員が「人権という美名の下に犯罪が横行している」と発言し、「犯罪予告者にもGPSを埋め込むことを検討すべき」としたのには、事件の受け止め方としてこうも歪んだ解釈があるものかと呆れに呆れたのだが、ネットを散見すると(それが世の比率だとは思わないが)頷く意見も少なくないようで驚いてしまう。

 山東氏は自身のフェイスブックでも「再発防止に向けて、精神疾患のある措置入院の元患者に対しては、社会の監視を継続、場合によっては強化を考える時にきていると思わざるを得ません」と書き、「いずれにせよ私たちは誰もが安心して暮らせる社会、それぞれのハンディキャップを乗り越えて助け合う社会を目指していかねばなりません」と続けた。元患者への監視を強化すべきとする意向と、誰もが安心して暮らせる社会を目指すという宣言を並列できてしまうのは、彼女の「誰も」には「元患者」が含まれていないから、ということになる。自身の差別感情に気付けていないところが実に非道である。

 東京新聞が今月8日の社説に、退院要件の厳格化や退院後の監視強化を求める風潮に対して、「軽々な制度の見直しは、精神障害者は危ないという偏見や差別を助長する」「犯罪予防という保安処分の目的で精神医療を利用し、ましてや精神障害のない人を拘束するのは許されない」という、まったく当たり前のことを書いているが、この当たり前の主張を、それなりに踏み込んだ意見として読み終えてしまった。それほどまでに今件では、「あの人は、"普通の人より危なかった"からこういうことになった」という空気感が充満していたし、そして、それに皆が慣れてしまった。

 この事件に限らず、強まる監視にその都度疑問を呈するべきだ。

 先月行なわれた参院選挙の公示直前、大分県警が、野党候補を支援する労働組合が入る別府地区労働福祉会館の敷地内に監視カメラ2台を設置し、出入りする人たちを数日間にわたって撮影していたことが明らかになった。労働組合の関係者がカメラを発見し、別府署に相談したところ、実は自分たちが監視していたと告白したという。なんだか落語の小咄のような展開だが、少しも笑えない。



 何よりその後に発表された県警の談話が酷い。「他人が管理する敷地内に無断で入ったことは不適切な行為であり、関係者の皆様におわび申し上げます」。この談話には、人をみだりに監視してしまったことへの言及が一切ない。大分の選挙区では、野党候補と与党候補がせめぎ合っており、実際にその結果を確認しても、民進党の現職候補がわずか1090票差で競り勝っている。たとえ些末な案件であっても、相手にとってネガティブな事案として撒ける何かを"盗撮"できれば、ひっくり返せたかもしれない票差だった。カメラ設置の理由について、県警は「個別の容疑事案で特定の対象者の動向を把握するため」(朝日新聞・8月4日)としたが、ちっとも説明になっていない。

 大分県警ではこの4月から「大分県街頭防犯カメラ設置促進事業」として、「新たに街頭防犯カメラを設置する自治会等に対し、防犯カメラ設置費用の一部を補助する事業」を行なっている。上限は1団体につき50万円で、対象経費の2分の1を補助するという。事業を行うにあたって作成した「防犯カメラの設置及び運用に関するガイドライン ~プライバシーの保護に配慮した防犯カメラの運用~」を読むと、「防犯カメラの設置が、犯罪の防止に有用であることは多くの方々が認識しています。しかし、その一方で、知らないうちに自分の姿が撮影され、目的外に利用されること等に不安を感じる県民の方もいます」という、今件を踏まえれば突っ込みどころしかない文章が見つかる。「誰にでもわかるように、撮影対象区域内、または付近の見やすい場所に防犯カメラを設置していること、及び設置者の名称を表示するものとします」との記載もあるが、お作りになった皆々様一同で熟読し直すことをおススメしたい。

 解せないのは、これだけの逸脱した行動について、事の詳細を説明せずに、「個別の容疑事案で特定の対象者の動向」を追っていたとするだけで済まされたこと。その後、カメラを設置した署員らが書類送検されたものの、トカゲの尻尾切りに思えて仕方ない。人権侵害そのものの行動が、ともすれば、お得意の「怪しいんだからしょうがない」方面の世相と親和性を高めてしまう。「人権という美名の下に犯罪が横行している」とした山東氏の発言に代表されるように、権力を持つ側が「監視」の条件や強弱を自由気ままにコントロールしようとしていることに、無頓着すぎはしないだろうか。

 今年5月には、刑事司法改革関連法が成立し、通信傍受の拡大が盛り込まれた。捜査機関が電話やメールを傍受できる対象はこれまで4種類(薬物、銃器、組織的殺人、集団密航)のみだったが、新たに9種類ものカテゴリが追加された。その9種類が「窃盗、詐欺、殺人、傷害、放火、誘拐、監禁、爆発物、児童ポルノ」である。これらの犯罪に繋がる可能性があると判断すれば通信傍受が可能となる。こうして監視する権限の拡大が甚だしい現在なのに、相模原事件や県警盗撮事件後の反応を見ていると、ますます「○○の場合においては、監視されても仕方ない」という風土がジワジワ広がってきているように思えてならない。こういったなし崩しを許容したくない。

武田砂鉄

最終更新:8/18(木) 18:45

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