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これが三菱重工のロケット工場だ! 日本最大のロケット「H-IIB」6号機を見てきた

HARBOR BUSINESS Online 8/19(金) 16:30配信

 三菱重工は2016年7月26日、愛知県飛島村にある同社飛島工場で製造中の「H-IIB」ロケット6号機の機体を報道関係者に公開した。機体はこのあと鹿児島県の種子島宇宙センターへ送られ、他社が製造する部品などを組み合わせて完成となり、打ち上げのときを待つ。

⇒【写真】H-IIBロケットの第1段機体

 H-IIBロケット6号機の目的は、国際宇宙ステーション(ISS)へ補給物資を運ぶ補給機「こうのとり」6号機を宇宙へ送り届けることにある。「こうのとり」には水や食料、日用品をはじめ、実験機器やISSの部品など重要な物資が搭載されており、日本のみならず世界にとっても重要な意味をもつ打ち上げとなる。

 なお、当初打ち上げは2016年10月1日に予定されていたが、「こうのとり」6号機に問題が見つかったため延期が決定された。新しい打ち上げ日はまだ未定となっている(8月10日現在)。

◆全長57m、質量531トンの大型ロケット

 三菱重工は現在、「H-IIA」と「H-IIB」の2種類のロケットを運用している。H-IIAは2001年に初めて打ち上げられて以来、天気予報でおなじみの気象衛星や、災害など有事の際に地表を撮影する情報収集衛星など、日本から打ち上げられる人工衛星の大半はH-IIAが担っている。

 一方、国際宇宙ステーションへ補給物資を運ぶ「こうのとり」などは非常に重いため、H-IIAでは能力が足らず、打ち上げることができない。そこで開発されたのが、H-IIAよりさらに大型のH-IIBロケットである。H-IIBは2009年9月11日に試験機(1号機)が打ち上げられ、ぶっつけ本番ながら、国際宇宙ステーションに物資を補給する補給機「こうのとり」を無事に宇宙へ送り届けている。以来、1年強に1機ほどのペースで計5機が打ち上げられ、すべて成功している。

 H-IIBとH-IIAとの大きな違いは、まずより強力なパワーを出すために、1段目の機体に装着されるエンジンが1基から2基に増えたことにある。このエンジンは1基だけでもジャンボジェット機のエンジンすべてを合わせたのと同じくらいのパワーが出る。

 そしてエンジンが増えたことに合わせ、推進剤(ロケット燃料と酸化剤)の搭載量を増やすため、第1段機体が太く、長くなっている。その結果、H-IIBはこれまで日本が開発したロケットの中で最大の大きさをもつ機体となり、その全長は約57m、推進剤などを満タンにした際の質量は531トンにもなる。

 ところで57m、531トンと聞くと、ある世代以上の方は『コンバトラーV』のエンディングを思い出すかもしれない。あの歌の中で、コンバトラーVは「身長57m、体重550トン」と説明されている。鉄の塊のような巨大ロボットとほぼ同じ大きさ、重さということは、ロケットもそれだけ頑丈なのかといえば、実はそうではない。

 ロケットは、その大部分がアルミ合金製の推進剤タンクで占められており、そこに推進剤が満タンまで注入される。なおかつ軽くするためにタンクの壁面は壊れない程度に薄く造られている。そのため、ロケットの大きさと軽さの比率は、同じように薄くて軽く、それでいてつぶれない強度があり、中に液体がたっぷり入っている缶ジュースや缶ビールと同じくらいだとも言われている。そこに、こちらもできる限り軽く造ったエンジンやコンピューターを載せ、宇宙へと飛んで行く。その姿は巨大ロボットのような質実剛健さとは程遠い(逆に言えばコンバトラーVの体重の設定が軽すぎるということでもある)。

◆わずか15分で秒速約8km

 打ち上げでは、まず第1段にある2基のロケット・エンジンと、その周囲に装着される4基の固体ロケット・ブースターを噴射して大空へ舞い上がる。なお固体ロケット・ブースターは三菱重工ではなく、IHIエアロスペースが製造しているため、この工場にはなく、打ち上げが行われる種子島宇宙センターで結合される。

 やがて固体ロケット・ブースターは燃料がなくなり、分離。この時点で高度は60kmに達し、速度は秒速約2kmも出ている。そのまま第1段エンジンのみで飛行を続け、やがて宇宙空間に出たところで、「こうのとり」を空気から保護していた衛星フェアリングを投棄する。

 さらに飛行を続け、第1段の推進剤もなくなると、機体を2つに分離し、続いて第2段エンジンに点火。さらに加速し、打ち上げから約15分後、計画していた軌道に乗ったところで「こうのとり」を切り離す。この時点で速度は秒速7.7kmにも達している。

 ロケットから分離された「こうのとり」は、その後単独で飛行し、自動で国際宇宙ステーションの傍まで接近。そしてステーションに滞在している宇宙飛行士が操作するロボット・アームで捕獲され、ステーションと結合。ハッチ(扉)が開け、中の物資を取り出す。

◆「宇宙ゴミ」を出さない工夫

 一方、「こうのとり」を分離した後のH-IIBの第2段機体は、「こうのとり」とほぼ同じ軌道、言い換えれば国際宇宙ステーションに比較的近い軌道にとどまることになる。もしそのまま放っておくと、タンクの中に残った推進剤やバッテリーなどが爆発してスペース・デブリ(宇宙ごみ)が発生し、デブリがステーションと衝突する危険がある。

 また、第2段機体は永久に軌道にとどまり続けるわけではなく、時間が立てば自然に高度が落ちて地球の大気圏に再突入することになるものの、もし人家のある地域の上空で再突入すれば、燃え残った破片が地上に落下し、人や建物に被害を与える危険もある。

 そこで三菱重工では、第2段機体を軌道から離脱させ、太平洋上の狙った海域に落とし、安全に処分する「制御落下」という作業を実施している。H-IIBの2号機から毎回行われており、これまで4機連続ですべて成功している。

 制御落下は、まず「こうのとり」を分離した後のH-IIBの第2段機体の状態を確認し、問題がなければ機体を進行方向の逆向きに回転させる。そして地球を1周し、種子島にあるアンテナから通信ができる範囲に戻ってきた際に、再度機体の状態や落下の推定点が確認され、ここでも問題がなければ、エンジンを進行方向の逆向きに噴射、いわゆる逆噴射を行う。

 逆噴射によって速度が落ち、軌道から外れた第2段機体は、打ち上げから約100分後に南太平洋の上空で大気圏に再突入する。機体の大部分は燃え尽き、もし燃え残った破片があっても、あらかじめ立ち入り禁止が設定された安全な海上に落下する。

 こうしたロケット機体の制御落下は、欧州や米国などの一部で実施されているのみの、世界的にもまだ実験段階の先進的な技術である。

 H-IIBでの実施に向けては、機体の健全性や軌道の状態を確かめるための軌道離脱可否判断システムの開発や、第2段ロケット・エンジンを小さな推力で動かすための新しい運転方式の適用など、いくつもの技術開発が行われた。

◆三菱重工のロケット工場

 日本の主力ロケットとして活躍するH-IIAとH-IIBは、両機とも飛島工場の中にある、第2工場というところで生産が行われている。第2工場の建物自体は広いものの、完成し出荷間近の機体から、まだ生産が始まったばかりの機体まで、所狭しとロケットが並んでいるため、やや狭くも感じる。ここでは最大4機のロケットを同時組み立てできるという。ちなみに、H-IIAとH-IIBでは前述のように機体の寸法やエンジン数などいくつも違いがあるものの、生産時の手間は大して変わらないという。

 なお、この第2工場はロケット以外に「こうのとり」の製造も行っており、さらに隣接する第1工場では航空機の部品製造や組み立ても行われている。工場の大きさや事業の規模から言えば、どちらかというと航空機のほうが主である。

 三菱重工とロケットとのかかわりは、1975年に開発された「N-I」にまでさかのぼる。このころ、日本におけるロケット開発は、宇宙を科学的に観測・探査する宇宙科学研究所のロケットと、通信衛星や地球観測衛星といった実用衛星を打ち上げる宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)に分かれており、このうち後者については米国からの技術援助を受けて開発が始まった。開発の主体となったのは宇宙開発事業団だが、実際の製造などを担当したのが三菱重工だったわけである。

 1975年のN-Iロケットの打ち上げを皮切りに、1981年には能力を強化した「N-II」ロケットを開発。さらに1986年には「H-I」ロケットの開発にも成功した。このN-IからH-Iまでは米国の技術を中心にしていたものの、日本が手がけられる部分を徐々に増やし、独力でのロケット開発に必要な技術を蓄えていった。そして1994年、ついに完全国産の「H-II」ロケットの開発に成功。2001年には性能はそのままに、輸入品などを活用することでコストを削減したH-IIAロケットが完成。そしてH-IIBが生まれ、現在に至っている。

◆そして次は「H3」へ

 H-IIAはこれまでに30機が打ち上げられ、そのうち29機が成功しており、成功率は約96.7%になる。また7号機以来は連続成功を続けている。もっとも、米国や欧州、ロシア、中国には、H-IIAの数倍の打ち上げ数で同じかそれ以上の成功率をもつロケットがあり、さらにその中にはH-IIAよりも安価なロケットもあるなど、総合的にはまだ他国の後塵を拝している。

 しかし、現在H-IIAよりも高い能力で、なおかつ半額ほどにまで安価な新型ロケット「H3」の開発が始まっており、順調に行けば2020年度に初打ち上げが行われる。H3の製造も、この飛島工場で行われることになっている。

 また他国のロケットも、その多くが2020年前後に新型機へモデルチェンジする予定となっており、その中でH3が、そして三菱重工の技術力がどこまで活躍できるかが注目される。

<取材・文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。

Webサイト:http://kosmograd.info/about/

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最終更新:8/19(金) 16:35

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