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芸人も真っ青? 冗談だらけのトランプ劇場 - パトリック・ハーラン パックンのちょっとマジメな話

ニューズウィーク日本版 8/19(金) 16:00配信

<大統領候補とは思えない暴言を繰り返し、都合が悪くなると「冗談だよ」と誤魔化すトランプ。そもそも掲げている政策からして冗談みたいなものばかり。もしかしたら、立候補自体が冗談だったんじゃないの?>

「冗談だよ。」

 僕はこの言葉にかなり敏感だ。聞き逃したなら、もう一回聞きたいくらい。面白ければ、冗談好きな一人として笑わせてもらえるかもしれないし、プロの漫才師として、パクれるかもしれない。

 よく聞く言葉だよね。面白いことを言ったつもりだけど、伝わらなかったとき。真に受けられたときに用いられる便利なフレーズ。一般の方は当然お好きに使っていただきたい。

 だが、お笑いのプロならこれは一種の失敗を認めることになる。基本的に僕らプロはあまり言わないようにしないと。上記のパクリ宣言の後にも「冗談だよ」と入れてしまったらだめでしょ? 本気でパクるし。

 そしてお笑い芸人以外にも、この表現を安易に使ってはいけない職業がある。それは政治家。もちろん、政治家も冗談を言っていい。ユーモアは有効なコミュニケーションスキルであって、逆に面白くない政治家はアメリカではなかなか当選できないのが事実だ。しかし、冗談かどうかわからないギリな発言は禁物中の禁物。

 そんな際どい発言が毎日のように話題になっているのが、アメリカ大統領候補のドナルド・トランプだ。

【参考記事】極右を選対トップに据えたトランプの巻き返し戦略

 先日、イベント会場の客席に大声で泣いている赤ちゃんがいたとき、トランプはお母さんに「気にしないでいいよ。私は赤ちゃんが大好きだ。赤ちゃんは泣くものだ。なんてかわいい赤ちゃんなんだろう! 気にする必要はないよ。」と優しく声をかけた。

 しかし、すぐその後また泣き出した赤ちゃんに対して、例のあの表現が出た。「冗談だよ」と、トランプ。「赤ちゃんを外へ連れ出してもらっていいかな?」と方向転換。そして「お母さんはさっきの俺の発言を真に受けたみたい。赤ちゃんに泣かれながらしゃべるのが好き、なんて風にね!」と続けた。

 確かに、会場ではみんな笑っていた。でも、その場にいない人にはその面白さが伝わらない。「赤ちゃんが好き」というのは一般的に冗談にとらえられない発言だからね。普通すぎるよ。それを冗談だと言って、親子を会場から追い出すのはとてもひどい行動に見える。翌日、「トランプ、赤ちゃんをイベントから追放する」みたいな見出しが各メディアに登場し、反響を呼んだ。

 するととトランプが、再び「冗談だよ」と弁解。つまり、イベントで「冗談だよ」といって、赤ちゃん追い出したこと自体が冗談だったってこと。もうわけがわからない!




 事後に解説が必要なトランプの発言は他にもいっぱいある。ヒラリー・クリントンのメール不正削除問題について、記者会見で「ロシア、聞いているか? ぜひ行方不明になっている3万通以上のメールを見つけてほしい」と言ったのもそう。まさか、サイバー攻撃が一番恐れられている中、外国の政府に元国務長官のメールをハッキングしてほしいと、大統領候補が言ったのか?

 いや、これも後日、冗談だよ、と。

 また、最高裁の判事任命に敏感な党員を煽ろうとして、「ヒラリーが当選して、(銃規制を推進するリベラル派の)最高裁判事を任命したら、もうなす術はない。まあ、銃支持者の方々ならあるかもね......」と言った。おっと? 「気に入らない判事の任命を阻止するため、銃を持っている人なら『何か』できる」と、暗殺をほのめかす発言をしたのか? とまたまた世間が騒いだ。後に、共和党のポール・ライアン下院議長など味方が「冗談だったんだろう?」とフォローを入れることに。

 さらに、先週は「オバマがイスラム国の創立者だ」と主張した。そんなことを言ったら、本当の創立者、故ザルカウィやアル・バグダディーが怒るよ。これはさすがに冗談だろうと、「『オバマ大統領がイスラム国の生まれる環境を作ってしまった』と言いたかったんだよね?」と番組の司会者が確認するも、トランプは「いや、オバマがイスラム国の創立者だと言っているんだ」と、頑なに繰り返すばかりだった。

 日が経っても、今回は冗談だと言わなかった。今回は「皮肉だよ」と。

 これらの「冗談」は全部8月に入ってからの発言! 芸人なら、ネタ作りの早い人だ。そして、正直、ネタとしてそこまでひどくない。ただ、トランプが言うと笑えないのだ。

【参考記事】アメリカの外交政策で攻守交代が起きた

 過去にもそんな発言はあった:

「今日、ニューヨークは大雪だ。早く温暖化しないと!」
「イヴァンカちゃんが娘じゃなかったら、俺だって付き合いたいよ!」
「俺の指は長くて美しい、ほかの体の部位もそうだけど......」

など、どれも違う立場の方が違う場面でいうと十分面白い。でも、トランプは実際に温暖化を否定する共和党の代表だし、娘と同世代の人と結婚している。そして大統領候補だ。チンチン関連の発言は禁止!

 大統領候補のオーディエンスは全地球人。友達と飲んでいるときにウケるようなジョークは、性別や階級、思想などが異なるアメリカ人にはウケない。ましてや言語や文化背景が違う外国人に伝わる可能性はほぼゼロ(アメリカのユーモアが日本で通じないことを毎日痛感している僕が言うんだから間違いない)。

 大統領は、一部の支持者だけでなく全国民に、そして、全世界に通じる明確な表現を使わないといけない。友達に超ウケそうな面白いことを思いついても我慢しないと。



 さらに困ったことに、普段からトランプが主張する政策も冗談っぽい。3200キロメートルもあるアメリカとメキシコとの間に万里の長城を建てる? 経済の基盤となっている1100万人もの不法移民を全員強制送還する? 世界に16億人もいるイスラム教徒の入国を禁じる?

 どの政策をとってもばかばかしくて、聞いた瞬間吹き出しそうになるぐらい面白い。だが、トランプはどれも本気っぽい。コメディーと公約の見分けがつかない人は冗談に挑戦しないほうがいい。 

 非常識、デフォルメ、矛盾、これらは芸人にとっての大事な武器だが、どれもトランプの特徴でもある...あっ、ちょっと待って!

 考え方を変えよう。

 もしかしたら、全部冗談なのかもしれない。もしかしたら、ドナルド・トランプの立候補自体が冗談かもしれない。だって、「貧富の差を是正する」と訴える億万長者だ。「雇用増加」を約束する、「お前はクビだ!」でおなじみのリアリティTVスターだ。「移民反対」を唱える、2回も移民と結婚している、しかも移民の息子だ。すべてに「お前が言うな」と、天からの突っ込みが入れば、政策発表が漫才として完璧に成立する。

 よし。気が楽になった。トランプ自身が冗談だと思おう。冗談だから選挙日までたっぷりと笑わせてもらおう。そして冗談だから、最後にオチることを楽しみに待とう。

パトリック・ハーラン

最終更新:8/19(金) 16:00

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