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鶴光のANN 「毎回100本ぐらいクレームの電話が来た」

NEWS ポストセブン 8/20(土) 7:00配信

 NHKラジオ第1の『ごごラジ!』のスタジオ内。昼間の公共放送には場違いなムードミュージックとともに、笑福亭鶴光(68)のエコーのかかった色っぽいナレーションが響き始める。

「昼下がりのマンション。男は女に急に呼びつけられた。

『ねえ、ああーん、さっさとやっちゃいましょうよ』

 女の言葉に男はジッパーをあけ、おもむろに少し大きめのタマを握り出した。

『あー、すごく大きい。早く入れて』
『えっ、お前、いきなりか』

 そういうと男はググッとねじ込んできた。

『あー、もっと奥まで。もっと中で回して、あーあー』」

 一拍おいて鶴光は、女の声色でこう結んだ。

「電球のタマを取り替えたから、夜もトイレに行けるわ」

 1974年1月から1985年10月まで絶大な人気を誇ったニッポン放送『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』の人気コーナー「ミッドナイトストーリー」が生放送で流れたのだ。

 公共放送としては大胆な企画だが、少年リスナーだったディレクターの強い思いで鶴光がゲストに招かれた。当時、深夜ラジオから流れる「エッチな物語」にいかに多くの青少年が興奮させられたことか。その絶妙なトークには、福山雅治や松村邦洋らも影響を受けたとされる。鶴光が当時を振り返る。

「放送が終わると毎回100本ぐらいクレームの電話がきたんです。青少年に与える影響を考えろ、と。でも、あの番組は、夜中にみんなで一緒に遊ぼうという精神だけでやってたんですね。起きているのは自分ひとりじゃないんだという連帯感もあった。ハガキは1日5千枚ぐらい来てましたけど、みんな細かい字でびっしりと書いてきよってね。ハガキ文化の時代でしたね」

 全盛期には番組占拠率90%を記録し、実に11年9か月もの長きにわたって続いた。もっとも、落語家になって7年目で始まったこの人気番組によって、本業である落語にはある種の「色」もついてしまった。

「高座に上がるとお客さんはいっぱい入っているんやけど、落語を聞きにきたんじゃなくて、ラジオのような話を聞きたいという雰囲気やった。そういう面では支障が出たし、やりにくかったですね」

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最終更新:8/20(土) 7:00

NEWS ポストセブン

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