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運河なしには成立しなかった国

JBpress 8/20(土) 6:00配信

 パナマ運河がアメリカからパナマに「返還」されたのは1999年。まだ17年前のことだ。それまでずっと、運河とそのまわりの施政権はアメリカにあった。およそ100年の間だ。1999年になってやっと運河を手に入れたパナマ政府は船の通航料を引き上げ、今では運河関係事業はパナマのGDPの大半を占めるという。

 パナマシティ。泊まった安宿の地下にはバーがあり、ハッピーアワーでビール半額ということで、カウンターは混み合っていた。ビールを買いに行くと、温和な雰囲気の欧米系のおばさんが隣で同じように半額ビールを頼んでいた。バーテンダーは私たち2人に目配せをして瓶を2本渡す。私とおばさんも顔を見合わせ、隣で受け取ったよしみで瓶をちりんと鳴らす。軽い挨拶。

 「どこから来たの?」と私。

 「ミネソタよ」とおばさん。

 「アメリカね」と私は重ねる。どこから来たのという質問に、州の名前で答えるアメリカ人は多い。それほどに彼らのアイデンティティは州にあるのだと気づいてから、私は最初の一言を東京と答える自分を想像したが、あまりしっくりこずに結局日本と答え続けている。このときも私はやはり日本と答えていた。

 「暑いわね、この国は」とおばさんは瓶に口をつけてにっこり笑った。

 「ほんとうに」と私。「その分ビールが美味しいけど」

 「いいこと言うわね、この暑さがビールを美味しくするのね」

 彼女はウィンクして離れていく。私も会釈し、ビール瓶を持って別の友人と飲んでいたスツールに戻る。

 たしかにパナマシティは暑かった。夏の青い空に積乱雲が浮かび、裸の太陽はじりじりと町を焼く。私は目に見える街並みを遠くに、空を近くに感じる。強い日差しのせいで空気の層がいくつか取り除かれているようで、とても眩しい午後だった。

 ダラダラと流れる汗をぬぐって魚市場へ向かった。魚介類をレモンやオレンジでしめたセビーチェをつまむ。マヨネーズで和えたカクテルをつまむ。美味い。それらの魚介つまみをキンキンに冷えたビールで流し込むと、厳しい暑さも相殺される気がする。「暑さがビールを美味しくする」、そうやって日本でも夏をしのいできたと、遠い記憶を探る。

 その魚市場は日本の支援で開設されたという話だった。

■ 「冒険」しにやって来たアメリカ人カップル

 パナマに来るまでのバスを待つ間に、出会った学生カップルもアメリカ人だった。学生の卒業旅行で、3週間をかけてニカラグアからパナマへ南下しているらしい。

 「シカゴ出身の僕たちにとっては、この旅はちょっとした冒険なんだ」と、傍らのバックパックを指さして男の子の方が言う。

 「日本出身の私にとっても冒険だけど」と私は応じる。

 「そうか。うむ。だけど、アメリカ人は旅行といえば国内の方が多いから、中米に行くっていうだけでも僕たちわりと、珍しい方なんだ」 なるほど、アメリカの国土は日本の25倍もあるから、旅行先の上位が国内になるのは当然といえば当然だ。

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最終更新:8/20(土) 11:35

JBpress

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