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ここまでの裏MVPは優勝がモチベーションカープに不可欠な元侍ジャパン投手の献身

BEST TIMES 8/22(月) 19:00配信

開幕から一軍にいた

  「僕はもう、残り試合を全部投げるつもりでいますよ」

 広島の今村猛は真顔でそう言った。まだ40試合も残っている時期だった。チームは首位だ。追走する2位巨人を振り払うため、そして何よりチームのためのフル回転を覚悟していたのだ。

 115試合消化時点で、チーム2位の51試合に登板する。中継ぎ登板のみの投手では、最多の投球回を誇る。

 8月にヘーゲンズの先発転向によって、勝ちパターンの7回を任されるようになったが、それまでは登板場面を問わず起用されてきた。勝ちパターンにつなぐ6回の1イニング、僅差で追う展開や同点の試合終盤でもマウンドに上がり、また大量リードでは試合を締める役割を任されたこともあった。

 開幕から打線が活発で打ち勝つ野球が目立った。だが、見方を変えれば大味な試合と感じられるような展開も少なくなかった。3月下旬の中日3連戦では初戦に2点を逆転され、3戦目には5点差をひっくり返された。試合に象徴されるように、シーズン序盤は中継ぎが整備されていたとは言えなかった。

 セットアッパーのジェイ・ジャクソンの前を任されたオスカルと中田廉が精彩を欠き、失点する登板が続いた。外国人野手の負傷離脱で、ブレイディン・ヘーゲンズをブルペンに加えられたことで勝ちパターンは確立されたものの、しばらくは試合終盤の継投は不安を残したままだった。

 開幕から今村は1軍にいた。だが、序列が低かった。出番は限られ、4月まではわずか9試合の登板。オスカルと中田の2軍降格と、今村が開幕から示してきた実力によって登板機会は急増した。

 5月は全26試合のちょうど半分の13試合に登板した。疲労が投球に影響する夏場も、誰よりもマウンドに上がり続けた。7月も10試合に登板し、8月は17日まで14試合中9試合で投げた。

「僕は便利屋でいいんです」 

 若い投手が多い広島ブルペン陣の中で、今村もまだ25歳と若い。だが、経験値では1軍の広島救援陣では群を抜く。12年には69試合に登板し、防御率1.89。11年から13年まで3年連続で50試合以上に登板した。13年春のWBCでは日の丸も背負った。

 ただ、相手を抑えることに必死な経験の浅い若手投手とは違い、今村は状況に応じて投球を変える。追う展開であれば、反撃に転じやすいようテンポを大事にする。より勢いづけるために、あえて三振を狙いに行く。4月9日阪神戦では前の打席2ランの江越大賀を真っすぐを5球続けて空振り三振に仕留め、逆転勝利につなげた。

 どこでも投げていたように感じるほどだった。勝ちパターンの投手であれば、出番へ向けてある程度逆算した準備が可能だが、今村はいつ投げるか分からない立場だった。「何度も(肩を)つくっていたこともある」。表に出ている数字だけでは測れない消耗が右腕にはあったはず。それでも今村は「誰かがやらないといけない。誰でもできるとも思っていない。僕はまだ便利で構わない」と袖をまくった。

 チーム全体を見る力は、中継ぎに配置展開された入団2年目から備わっていた。「今は先発よりも、中継ぎの方がいない。それなら僕は中継ぎでいいと思っている。便利屋でいいんです」。当時まだ20歳の右腕はすでに、チーム状況を冷静に考えられていた。

 身を粉にする献身性が、ここ数年の不調につながったのも事実だった。今季のフル回転による影響も心配されるところ。だが、25年ぶり優勝が1つのモチベーションとなり、右腕を奮い立たせている。「ここまで来たら行けるところまで行く。6連投でもやりますよ」。今村は今日もブルペンで腕をまくり、出番を待つ。

文/前原 淳

最終更新:8/22(月) 19:06

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