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送料無料、翌日配送という「便利さ」の陰に隠された、労働力搾取のシステムに警鐘を鳴らす

Book Bang 8/22(月) 6:00配信

「ポチッと」とか「ポチる」という言葉を、SNSなどで頻繁に見かけるようになったのはいつ頃からであろうか。かくいうわたしも「ポチッと」することで、多大な恩恵を蒙っている。

 資料として急いで必要な古書やら、大人買いのボックスセットやら、夏に毎日飲むアイスコーヒーの業務用パックやら、仕事で必須のパソコンの買い替えまで、金額の多寡を問わず、さまざまな物をネットで注文して購入している。メーカー直販のサイトもあるが、ネット通販業者を介しての購入も決して少なくはない。

 そうして注文した商品は、即座に出庫され、宅配便業者の手によって、早いものは翌日に届けられる(当日に来たこともあった!)。しかも送料が無料という場合も珍しくない。実に便利で、ユーザーにとってありがたいシステムである。しかし本書を読み終えた後も、あなたはその思いを抱いていられるだろうか。

 宅配便大手のコンゴウ陸送の業績は、取扱量は増加していたが、利益率は低下する一方だった。その原因は大手顧客に対する安すぎる配送料の設定にあった。経営企画部の課長郡司清隆は、その是正を上司に進言したせいで不慣れな営業部に異動させられ、利益率低下の元凶である外資系ネット通販業者スイフト・ジャパンの担当を命じられる。

 スイフト社の配送部門を仕切る執行役員の堀田貴美子は、東京-名古屋-大阪間でコンゴウ陸送が始めた当日配送システムに注目していた。堀田は名古屋にスイフト社の大規模な配送センターを建設した後、そこを拠点として、コンゴウ陸送を利用した広範囲の生鮮食品直売を目論んでいたのだ。そのために堀田はまずバイヤー役として、大手スーパーの太陽堂の協力を取り付け、三社による共同プロジェクトを立ち上げて、計画を進めていく。

 スイフト社が欲したのは、優れた宅配システムを作りあげたコンゴウ陸送の技術力とノウハウだった。取扱量を増やし、業務をスイフト社に依存させることで、さらなるダンピングを要求し、コンゴウ陸送を傘下に収めることが最終目的であった。郡司はアメリカ式の強引なプロジェクトの進行に戸惑いながらも、スイフト社に反撃する方法を模索していく。

 モデルとなった二社は、誰もが知る“あの”二社である。少子高齢化と地方の過疎化による買い物難民の発生が、ネット通販を後押ししている現状がある。かつて大手スーパーや量販店は、地場の小売業を圧迫し、その多くを廃業に追いやった。全国に散在するシャッター通りと化した旧商店街が、その名残である。ところがネット通販が勃興し、店舗で商品を見てネットで注文するという「店舗のショールーミング化」が始まり、いわゆるリアル店舗がネット通販によって圧迫される事態が起きている。

 作者は送料無料、翌日配送という「便利さ」の陰に隠された、労働力搾取のシステムに警鐘を鳴らす。送料無料で一冊千円程度の本を配送して、それが商売になるのか。それを成り立たせるシステムはどうなっているのか。そして「スイフト社」の最終的な狙いに対しても。

 そこから見えてくるのは、世界中のあらゆる流通を一手に握り、その後で心ゆくまで収奪に向かおうという、まさに帝国主義的な思惑である。彼らには、はなからWin-Winという考えはない。この動きに商品を提供するメーカー側(もちろん出版社も含まれる)は、徐々に抗えなくなっている現実がある。そして優れたノウハウがありながら、彼らの下請けになりかけている運送会社の存在も同様だ。

 だが本書では、運送会社ならではの強みを生かした、秀逸なアイデアが披露される。昔ながらの商慣行を利用した逆転の発想が痛快で、本書の読みどころとなっている。

 ドッグファイトとは戦闘機による空中戦を意味する。いずれが背後に回り込んで相手をロックオンするのか、最後まで目が離せない。

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
※「本の旅人」2016年8月号 掲載

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最終更新:8/22(月) 6:00

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