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モーガンも発見! メキシカンリーグで 奮闘する懐かしの助っ人たち

webスポルティーバ 8/22(月) 14:42配信

「スカウトはよく来るよ。この間も、何だっけ……名前は忘れたけれど、試合を観に来ていたよ」

【写真】日本では横浜と楽天でプレーしたブレッド・ハーパー

 ユカタン半島のリゾート地、カンクンを本拠とするティグレス(タイガース)の球団スタッフは私を球場に案内しながら、日本のプロ球団の人間が選手を視察しにきたことを教えてくれた。メキシカンリーグにとって選手を「売る」こともビジネスの一部である。

 歴史的な経緯から、メキシカンリーグはMLB傘下のマイナーリーグとして3Aクラスにランキングされているが、これは形だけのもので、16ある球団はMLBに親球団を持つことなく、独立して運営されている。それゆえ、「移籍金」はこのリーグにとって重要な収入源となっているのだ。

 また、次々と若手の有望株が供給されるメジャーリーグのアフィリエーション(組織)のなかでは、年齢を理由にはじかれてしまうベテランは多い。そんな彼らにとっても、メキシカンリーグは現役を続け、次のチャンスを待つ場所として機能している。

 オアハカ・ゲレーロスのブレット・ハーパーもそのひとりだ。2010年に横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)と契約し、2シーズン在籍したがチームの期待に応えることができず、2012年にメキシコに渡った。

 ここで85試合に出場し打率.343、27本塁打の好成績を残すと、シーズン終了を待たずに楽天に引き抜かれて再び日本へ。しかし現実は厳しく、ここでも打率1割台とまったく活躍できず、再びメキシコに舞い戻ってきた。

 規定打席数到達者のほとんどが3割をマークする極端な「打高投低」のメキシカンリーグでの成績は、当てにならないことが多い。

 ハーパーはアメリカから日本、メキシコと「野球放浪の旅」を続けているが、メジャー経験はない。だが、メキシカンリーグにはメジャー経験者も多い。

 2013年に横浜DeNAに在籍したナイジャー・モーガンもそのひとりで、彼はメジャーでレギュラーとしてプレーした経験がある。

「メキシコ? グッドだよ。もちろんニッポンがイチバンだけどね」

 そう語るモーガンはDeNAをリリースされた後、インディアンズでメジャー復帰。その後、韓国を経てメキシコに来た。力が落ちたとはいえ、メキシコの野球はノリのいい彼の気質に合っているようで、今シーズンは3割をマークし、ファンの間でも人気を博している。

 首都メキシコシティをホームにするディアブロスロッホスのカリーム・ガルシアも、かつて日本でプレーしたひとりだ。球団合併後のオリックスを支えた助っ人で、2005年には2試合連続1試合3本塁打という「世界記録」を樹立。2006年には第1回WBCでメキシコ代表の主力として参加した。

 メキシコ野球殿堂入りした父を持ち、メジャーでも10シーズンプレー。オリックスを去った後、2007年に初めて母国リーグの強豪・モンテレー・スルタネスでプレーし、その後、韓国リーグで活躍。アジアとメキシコを行き来しながらメキシカンリーグ7シーズン目を迎えた。さすがにもうバリバリの主力というわけではないが、それでも今シーズン途中に移籍したディアブロスでは下位ながらスタメン出場して長打を連発していた。

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最終更新:8/22(月) 15:25

webスポルティーバ

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