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『傷物語〈II熱血篇〉』が圧巻のアニメ映画となった理由 総監督 × 監督システムはどう作用した?

リアルサウンド 8/22(月) 20:10配信

 2016年夏公開という予定通り、『傷物語〈II熱血篇〉』が公開された。今年1月に公開された前編『鉄血篇』から7ヶ月、随分と待ちわびたものだ。最初に劇場版の制作の話が出てから、もうすぐ4年近くが経つのだろうか。ゼロから画面を構築するアニメーションが、あまりにも時間がかかる作業であることは周知の事実だろう。ここ最近の映画界の風潮としては、どうしても予め公開時期や初日を定めてしまうわけだが、場合によっては急仕上げになってクオリティに影響をもたらすこともないとは言えない。とはいえ、今回の『熱血篇』の出来を観れば、改めてシャフトの実力を目の当たりにするだろう。

 前作で金髪の吸血鬼ことキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと遭遇した主人公の阿良々木暦は、彼女を助けたために自らも吸血鬼になってしまう。人間に戻るために、キスショットから命じられたのは、三人の敵に奪われた彼女の四肢を取り返すことだった。この『熱血篇』の69分間は、吸血鬼ドラマツルギー、ヴァンパイア・ハーフのエピソード、そして吸血鬼退治のスペシャリストであるギロチンカッターとの戦いが順番に描かれていく。

 メインとなる決闘の場面は、とくに背景から浮き出したような人物の作画が際立つ。要となるアクション描写は、前作以上に最低限の動きで見せるにも関わらず、ハイテンポなコマ割りで、非常にスリリングなシーンに映し出されるのだ。しかもその背景が殊更に魅力的で、最初のドラマツルギーとの対決は代々木の競技場周辺、岸体育館の建物がはっきりと映っている。そしてそのあとの場面では文京区にある東京カテドラル聖マリア大聖堂だろうか、十字形の建物が一瞬見ることができる。実在する特徴的な建造物を、画面内でより印象的に見せることができるというのは、アニメーションの最大の強みだろう。

 白熱したバトルシーンと映画の根幹を分け合うように、阿良々木と羽川翼の何とも甘酸っぱいような、不可思議な関係も描かれる。前作で登場した(『化物語』の冒頭でも登場するが)羽川の下着のクローズアップと、それに対する阿良々木の圧倒的な執着。文字情報の散乱や設定や世界観だけでなく、人物描写に対してまで中二病的なニュアンスを堂々と描ききるのだから、こんなにも清々しいものはないだろう。

 『鉄血篇』の作品評で触れた、アニメ映画としては珍しいシネスコの画面は引き続き健在だった。(参照:西尾維新原作『傷物語〈I鉄血篇〉』はいかにして”映画らしいアニメ映画”を超えたか)キスショットとの遭遇場面で、縦の狭さを生かした閉塞感を生み出した前作に対して、今回は広い画面を満遍なく動き回るアクション描写と、阿良々木と羽川の微妙な距離感を非常に巧く映し出す役割を担っている。とりわけ、ロングショットを非常に大事に扱い、妙な哀愁を漂わせるのだから、通り一遍の画郭演出技法ではない。

 ところで、アニメーション界ではすっかり主流となっている、「監督」と「総監督」というシステムが本作でも敷かれている。尾石達也が「監督」で、新房昭之が「総監督」と明確にクレジット分けされているのだ。最近では庵野秀明が『シン・ゴジラ』にこのシステムを取り入れ、これまで複数人が指揮を執るときには「共同監督」とするのが基本だった実写映画界にも何かしらの変革をもたらすのかもしれない。

 しかし、『シン・ゴジラ』が庵野秀明と樋口真嗣の絶妙なバランスを保って描かれながらも、随所に見られるエヴァンゲリオン要素によって庵野作品として語られているように、「“総”監督」である以上、作品イメージ全体においても優位に働く。本作も新房ワールドが圧倒的な存在感を放つが、尾石演出の功績も見逃してはならないだろう。原画マン出身である尾石の実写的で前衛的な画面へのこだわりがテレビシリーズ時以上に活かされていることで、大画面に耐えうるだけの豊かな情報量で満たされる。それが作品の基礎を担っているのだ。

 本作は一連の『傷物語』の中編に当たり、一気に起承転結の“承”と“転”まで駆け抜ける。“結”である『冷血篇』も来年1月6日に公開されると正式に発表されたわけで、前作同様エンドロール後に特報が流れるのだが、最後の最後でボイスオーバーする羽川の台詞を聞いてしまうと、いくらその後に『化物語』へ続くとはいえ、どんな作品になっているのかと気になって仕方がない。

久保田和馬

最終更新:8/22(月) 20:10

リアルサウンド

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