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エサでゴジラを誘導できるなら、田舎を犠牲にしてもよいか?(塚崎公義 大学教授)

シェアーズカフェ・オンライン 8/23(火) 6:00配信

映画「シン・ゴジラ」が話題になっていますが、一つ頭の体操をしてみましょう。

ゴジラが都心に向かって進んでいるとき、もしも餌でゴジラを誘導する事が出来たら、政府はゴジラを田舎方向に誘導すべきでしょうか?

■大きな被害を避けるために小さな被害を引き起こすのは「緊急避難」
都心が破壊されるよりは他の地域が破壊される方が日本全体としての被害は少ないので、仮にゴジラを誘導できるのであれば、そうすべきでしょう。都心が壊滅するのを回避できるなら川崎か千葉が壊滅するのは、仕方のない決断なのです(実際には川崎や千葉なども大都会ですが)。これは「緊急避難」といいます。

と、理屈で言うのは簡単ですが、政府高官の悩みは尽きないでしょう。誘導先が川崎であれ千葉であれ、「都心を守るために、貴方たちに死んでいただきます」というわけです。どちらを選ぶかも苦しい選択です。大勢の人々に恨まれます。

一方で、あまり感謝はされません。他人事として「都心が壊滅しなくてよかった」と評価してくれる人はいるでしょうが、「私の命を助けてもらった」と考える人はいないのです。それは、「もしも政府が何もしなかったら、ゴジラが都心を踏み荒らしただろう。そして、A氏とB氏が亡くなっただろう」といったリストが出来るわけではないからです。都心の人々は、「政府が何もしなくても、自分は死ななかっただろう」と考えるので、政府に対しての感謝の念を持ちにくいのです。

大勢の人を救うために、少数の人を犠牲にした。その判断は正しいのですが、その結果、政府は多くの人から恨まれ、そのわりに余り感謝されないのです。為政者というものは辛いものだ、ということですね。

■プールの「刃物事件」でアナウンスが行われなかったのは正解か?
最近、混雑するプールで、女性客数名が、相次いで刃物で切られる事件が起きたようです。被害に遭われた方々に、お見舞い申し上げます。

さて、園としては、パニックを懸念して、客に「犯罪者がいるから気をつけて」とアナウンスすることは差し控えたようです。筆者は具体的な状況を把握していないのですが、一般論として、この手の判断のあり方について考えて見たいと思います。

園が客に「切り裂き魔がいるから気をつけて」とアナウンスすれば、二人目以降の被害者は難を逃れる事が出来たと仮定しましょう。「アナウンスしない」という意思決定によって、その人達が被害に遭ったわけですから、園に対して怒るのは当然です。

一方、大勢の客で混雑していたわけですから、アナウンスをしていれば、パニックが発生して、特に園の出口で押し合いへし合いになり、多くの客が怪我をすると予測されたのかもしれません。そうだとすれば、「アナウンスをした場合の被害よりもしなかった場合の被害の方が小さいと判断したため、アナウンスを差し控えた」ということになり、その判断は是とされるべきでしょう。

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最終更新:8/23(火) 6:00

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