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“エスカルゴ料理人”になった元編集者 極上の食エンタメ

Book Bang 8/23(火) 8:00配信

 カウンセラーをしている主人公が、自らのクライアントのヒキコモリ三人と伝説的ハッカーをネットでつなげ、世の中を騒然とさせるほど大きなプロジェクトを立ち上げるという痛快至極の物語『ヒッキーヒッキーシェイク』を刊行して話題になったばかりなのに、今度は食にまつわる生粋のエンターテインメント『エスカルゴ兄弟』を上梓。今、津原泰水がノリにノッている!

 料理上手な編集者・柳楽(なぎら)尚登という、実直で粘り強く、頼まれごとに弱くて心優しい二十七歳の青年主人公の成長を描くこの物語は、既刊のどの作品よりも涙腺や笑いのツボをダイレクトに突いてくるのが特徴的。リストラの憂き目に遭った尚登が、うず巻模様ばかり撮っている写真家・雨野秋彦が立ち上げようとしている、本物のエスカルゴを供する店の料理人として見込まれて以降は、疾風怒濤の展開だ。

 松阪で、本物のエスカルゴ「ヘリックス・ポマティア」の養殖に成功した人物のもと、クラシックな調理法を学んだ尚登が、その魅力にはまっていく過程で出てくる、シンプルなものから凝ったメニューまで数多くの料理を描く筆致に垂涎必至。そうした料理人としての成長を描く主筋に、コシが命の讃岐うどん屋の次男である尚登と、もちもち柔らかい伊勢うどん屋の娘・榊桜の恋、そこに細くて喉ごしツルツルの稲庭うどんの老舗の息子までもが参入してくるという、うどん界版『ロミオとジュリエット』のごとき純愛小説の要素や、尚登が寄宿する雨野家で形成されていく疑似家族の心温まるエピソード、秋彦&尚登「エスカルゴ兄弟」の漫才のようなやりとりを織りこんでいくもんだから、笑ったり泣いたり、泣いたり笑ったり。

 望むことはただひとつ。一日でも早く続篇を読ませてくれること。そう願うのは読者だけじゃない。小説自体が先を物語りたがっているのは、エピローグを読めば一目瞭然だ。

[評者]――豊崎由美(書評家)

※「週刊新潮」2016年8月25日秋風月増大号

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最終更新:8/23(火) 8:00

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