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賢くなりたいなら、忘れなさい――逆説のようなアドバイスの真意とは?

ダ・ヴィンチニュース 8/23(火) 6:30配信

「自分はなんてダメなんだ」

 些細なことから人生を左右する大切なことを忘れる度に、そんな言葉に打ちのめされる。試験勉強に一生懸命取り組んでも、覚えたはずの英単語や漢字が、本番になると真っ白。一度会った人の顔が覚えられない、やらなければいけなかったことをついつい忘れてしまう。この原稿の締め切りだってそうだ。ああああ、もうごめんなさい。こういうことがある度、罪悪感を覚え、やっぱり自分は地獄の業火に焼かれるしかないのだと、嫌になってしまう。

 きっと多くの人が抱いているであろう、この「忘却=悪」の図式であるが、実は悪いことばかりではない。

 そんなことが書かれているのが『忘れる力 思考への知の条件』(外山滋比古/さくら舎)だ。著者は、英文学者であり編集者、評論家などの経歴を持つ外山滋比古氏。様々な経験に基づき長年“思考”について考えてきた氏が、実体験を交えて「忘れること」の必要性について説明している。

 そもそも、なぜ忘却が必要なのか。

 忘却は頭の中にある膨大な量の知識・情報を整理、処分する働きがあるという。そうすれば、すっきりと整理できた状態の頭に新しい知識・情報を入れることができる。つまり、頭を整理整頓する「忘れる力」と知識を吸収する「覚える力」がバランスよく活動しなければ、新しい情報を記憶することができず、パンクしてしまうそうだ。

 例えば、本書の中でこんな事例が紹介されている。とある進学校で、英語、国語、社会、体育と指導教科をバラバラにせず、午前は英語、午後は社会だけといった形で教科を絞るという試みを行った。しかし、結果は散々なものだったとか。その理由として気分転換ができなかったことが問題なのではないかと著者は述べている。別の教科を受けることによって、一度頭をリセットさせることができ、整理整頓ができるからこそバラバラな時間割が効率的であるという。

 勉強や仕事で行き詰ったときには、少し他のことをしてみたり、身体を動かしてみたりすることでリフレッシュすることができる。そう考えてみれば自然なことなのかもしれない。

 また、「忘却」と「記憶」の両輪が稼働するからこそ、新たなアイディアを生み出す「思考力」が発揮されるという。数十年前であれば、多くの事柄を素早く覚えることができる頭の良さが仕事などでは求められていたが、近年その役割はパソコンがとって代わってしまった。パソコンは一度覚えた情報を完璧な状態のまま保つことができる。しかし、人間の記憶力はコンピューターほど鮮明に覚えていることができない。記憶力が優れているだけではパソコンには敵わない。そのため、人は知識を蓄える「倉庫」のように脳を扱うのではなく、様々な新しいアイディアを作り出す「工場」のように使う必要がある。「工場」では製品を作り出すための材料、つまり知識・情報は欠かせないが、多すぎれば邪魔になってしまう。そのときに「忘却」が新しいものを生み出す脳内の不要な知識の処理・整理をし、脳に遊びが生まれ、のびのびと創造活動を行うことができる。

 本書を読み「無理に覚えようとしなくてもいい。忘れてもいいのだ」とホッとしていたのもつかの間。「うまく忘れるようになるためには生活が多忙でなくてはならない。何も忘れるものがなければ、若い年齢でもボケという忘却が働く」と著者からの一言があった。まずい、のんべんだらりと日々を過ごしてはいけない。忘れることが多くなるよう、目の前の仕事に一心不乱に取り組むべし。ただ、本当に忘れてはいけない彼女の誕生日やら、原稿の締め切りは手帳に、いや掌に一筆加えておこう…。

文=布施貴広(Office Ti+)

最終更新:8/23(火) 6:30

ダ・ヴィンチニュース

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