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教育論議から考える、日本のすばらしいサービスを中国が真似できない理由 - 李小牧(り・こまき) 元・中国人、現・日本人

ニューズウィーク日本版 8/23(火) 16:20配信

<詰め込み型の中国式教育か、創造性を重んじる日本や欧米の教育か――。8歳の息子には日中折衷の教育を受けさせているが、自分の原体験や日本でのレストラン経営経験から言えるのは、こうした対比よりも大切な「家族の絆」だ>

 こんにちは。新宿案内人の李小牧です。

 私には8歳になる息子がいる。先日、「お子さんの教育は日本式ですか? 中国式ですか?」と友人に質問された。中国と言えば世界に名だたるスパルタ教育大国だ。厳しい大学受験を勝ち抜くため、子どもの頃から勉強漬け。「点滴を受けながら自習する子どもたち」という、ある進学校の写真が流出して世界を驚愕させたこともあるし、「子どもを受験地獄で苦しめたくない」との理由で移民を考える親までいるほどだ。

 とはいえ、海外の甘やかした教育ではエリートにはなれないと心配する人もいる。米国の大学入試で華人が圧倒的な好成績を残していることがその証明だ。今や子どもの創造性を重んじる日本でも、歌舞伎など伝統芸能には「型」という言葉がある。中国の伝統教育も同様の概念を持っている。子どもにとっては辛いだろうが、まずは学ぶべき内容を叩き込むことこそが上達の道だという考え方だ。

 詰め込み型の中国式教育、創造性を重んじる日本や欧米の教育。果たしてどちらが正解なのだろうか? というわけで、「元・中国人、現・日本人」の教育方針をここでお披露目してみたい。

勉強量と創造性はどっちが大事?

「歌舞伎町式勉強法で成績急上昇!」と、うさんくさい子育て法の本でも書けばベストセラーが狙えるかもしれないが、いくら歌舞伎町が人生勉強の聖地とはいえ8歳の息子にはまだ早すぎる(笑)。私の方針は目新しいものではない。平々凡々、日中の折衷路線だ。

 まずは勉強量。確かに日本の学校教育だけでは勉強量が足りない。宿題以外に中国で買ってきた教材で勉強させているし、週に1回、中国語教室にも通わせている。中国に住む親戚とも日常会話ができるレベルまで上達したようだ。

 一方で感性や体力を養うことも重要視している。例えば、囲碁。「人生の先を読む力が養われる」と、ある高名な中国人囲碁棋士に聞いたためだ。めきめきと上達し、今では私では相手にならなくなってしまった。水泳にも毎週通っている。元バレエダンサーの私としては、息子にもバレエを習わせたかったのだが、妻から猛反対を受けてあきらめた。芸能の道に進めば勉強する時間がなくなると心配しているのだ。子ども時代にバレエスクールに通うぐらいで心配しすぎだと思うのだが、言い争いになっても妻には勝てないのが日中共通の文化だから仕方がない(笑)。

 勉強量重視か創造性重視かとの問いには、「どちらも大事」というのが私の答えだ。どちらかに偏ればいびつな子どもに育ってしまう。

 中国式詰め込み教育と欧米式創造性教育の対比は、長年議論され続けてきたテーマだ。代表例が2010年に米国で出版されたエイミー・チュアの『Battle Hymn of the Tiger Mother』(邦訳は『タイガー・マザー』朝日出版社、2011年)だろう。すさまじいスパルタ教育の描写が論議を呼び、全米ベストセラーとなった。

【参考記事】アメリカの「タイガーマザー」論争は日本の教育論議の参考になるのか?



文革後の中国では「家族経営」は悪だった

 ただし、詰め込み型か創造性重視という対比にはあまり意味がないというのが私の考えだ。「中庸」――両極端ではなく中間にこそ答えはあるという中国古来の智慧が答えとしか言いようがない。問題は教育方針ではなく、どのようにして家族の時間を確保するか、いかにして家族の絆を深められるか、だ。「家族を大事にしなさい」という、たんなる道徳ではない。この道徳こそがビジネス成功のカギでもあると私は確信している。

 この考えは私の原体験に基づいている。文化大革命が終わった後、両親は通信教育の語学学校を開いた。知識と教育に飢えている時代だ。ビジネスは大成功し、あっという間にちょっとした財産を築いた。まだ20歳にもなっていなかった私も一緒に働き、当時としてはそれなりのお金を手にした。まだ高級品だったスクーターを乗り回し、注目の的となったことを覚えている。

 しかし、両親はまもなく猛烈な批判にさらされる。「夫妻店」(家族経営)ではないかというのだ。日本人読者の皆さんはおろか若い世代の中国人ですら理解できないと思うが、文化大革命の影響が色濃く残る時代にあって、家族経営で財産を築くことは"悪"だったのだ。

【参考記事】「文革の被害者」習近平と、わが父・李正平の晩年を思って

 この批判がどれほど馬鹿げたものなのか、私がはっきりと認識したのは日本に来てからのことだ。日本の会社は家族的な経営を重んじる。日本の細やかなサービスは、家族という意識を背景にして従業員が自ら問題を発見して動くからこそ成り立っている。

 新宿歌舞伎町の我が湖南菜館では、中国人の従業員を雇っている。とてもまじめで言われたことはきちんとこなすが、なかなか自分で問題を発見することができない。手が空いたらやることがないか探す、自分の担当ではなくても課題があれば解決する。日本人ならばごく当たり前のそうした気配りがなかなかできないのだ。時間をかけて教えていくしかない。

 今、中国では日本ブームが起きている。日本のサービスがすばらしい、精神がすばらしいと褒めたたえる人ばかりだ。中国でも同じレベルのサービスを導入したいと考える人は多いが、実現はきわめて困難だ。それは、家族の絆や家族的経営という視点が完全に欠如しているからだと私は考えている。

 家庭を省みず会社だけでは、家族的な経営を行うことなどできやしない。儒教には「修身斉家治国平天下」という言葉がある。「天下を治めるには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国家を治め、そして天下を平和にすべきである」(『大辞泉』)という意味だ。家族を大事にして初めてビジネスは成功するのだ。もちろん子どもの成長にも大きな力を発揮する。

 レストラン経営、貿易会社社長、アダルトグッズ販売、ウェブメディア立ち上げと、さまざまなビジネスを手がけている私は猛烈に忙しい。息子も先ほど述べたように勉強や習い事に忙しい。それでも毎日必ず一緒に遊ぶ時間を作っているし、月に1度は必ず一緒に出掛けている。先日も1泊2日の静岡旅行に出掛け、花火とビーチを楽しんできたばかりだ。

 贅沢な時間の使い方だと思われるかもしれない。仕事で忙しくてそんなヒマはないと思われるかもしれない。だが家族と一緒の時間を持つこと、家族を大切にすることこそ、大切な教育であり、ビジネス成功の道でもある。「急がば回れ」の近道なのだ。みなさんもぜひこの「李小牧式ビジネス・子育て術」を試してみて欲しい。

李小牧(り・こまき)

最終更新:8/23(火) 16:20

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北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。