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江戸川乱歩賞に新たな風 エポック・メイキングな衝撃作

Book Bang 8/24(水) 8:00配信

 ミステリー新人賞の老舗として知られる江戸川乱歩賞はかつて本格謎解きものを本道とする賞だった。それが変わり始めたのは一九九〇年代から。九〇年度の第三六回で日本人がほとんど出てこない阿部陽一の国際謀略小説『フェニックスの弔鐘』が受賞したのに続き、その翌年も国際謀略をベースにした鳴海章の航空アクションもの『ナイト・ダンサー』が受賞したのがきっかけだった。

 二〇一六年度、第六二回の同賞受賞作である本書も、そうした時代の変わり目をうかがわせるエポック・メイキングな作品だ。

 市野亜李亜は西東京市在住の一七歳の女子高生。殺人犯にまつわるグッズ集めが好きなだけでなく、ナンパしてきた男を刺してしまう殺人者――実は、市野家自体が両親も兄も猟奇殺人鬼という鬼畜な一家だった。だがある日、彼女は兄が自室で惨殺されているのを発見、しかもその直後死体は消失し、母も失踪してしまう。父の犯行を疑う亜李亜はやがて父が自分を盗撮していたことを知り、家出を決意。そんな彼女に、父は自分の仕事に使う『日本住宅売買新報』を渡し、三日たったら戻るよういうのだが……。

 出だしはライトノベルテイストの際物というか、嫌ミス的な展開。猟奇犯罪ものが苦手な向きは、選評にもあるように不吉な予感に駆られるかもしれないが、非現実的な設定が醸し出す幻想ホラー的なムードは悪くない。さらに中盤から一気に話をリアルな方向に持っていく力技にはドギモを抜かれること必至だ。

 九〇年代の初めには国際謀略ものが乱歩賞の方向を変えたが、本書は同じ謀略ものでも幻想小説というかホラー的な怖さに成長小説的な味わいまで織り込まれている。その独自の世界は同賞に新たな風を吹き込む可能性大。著者は純文学系ですでにプロデビューしているが、今後はぜひ、エンタメに徹したミステリー作家を目指していただきたい。

[評者]――香山二三郎(コラムニスト)

※「週刊新潮」2016年8月25日秋風月増大号

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最終更新:8/24(水) 8:00

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