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白井裕之が語るオランダ新世代監督の可能性

footballista 8/24(水) 17:32配信

月刊フットボリスタ第36号特集「智将30人が挑む、新シーズンの難題」より

ファン・ハール、ヒディンクを筆頭に数多くの名将を輩出してきたオランダで指揮官の世代交代が進んでいる。PSVのコクーの成功は記憶に新しいが、アヤックスで働く日本人、白井裕之にオランダ新世代監督の可能性を聞いた。

インタビュー・文/浅野賀一(footballista編集長)


スター監督ブーム?
“オランダの監督には2つの流れがあります”


──PSVのフィリップ・コクー、フェイエノールトのジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト、アヤックスもフランク・デ・ブールが監督を務めていました。オランダは今スター監督ブームなんでしょうか?
 「ちょうど世界の舞台で選手として結果を残した世代が指導者になるタイミングですよね。ただ、オランダの監督にはそうした元代表やビッグクラブでプレーした選手がコーチになる流れの他に、選手キャリアがない人でも実績を上げてキャリアアップしていく道もあるんです。僕もそうだったんですけど、日本人が日本語の訛りのオランダ語をしゃべっていても、自分のチームが優勝や好成績を上げると他チームからオファーが来て、最終的にはアヤックスに獲ってもらえる。ステップアップするためのピラミッドが整備されているんです。

 叩き上げ監督の具体例を挙げると、2部のスパルタ・ロッテルダムを1部に上げたアレックス・パストール、ズウォレを躍進させたロン・ヤンスもそうですね。一番面白いところで言うと、ユトレヒトのエリック・テン・ハフは2013年から2015年までペップ・グアルディオラ時代のバイエルンでセカンドチームの監督やっていた人です。去年、最優秀監督賞(リヌス・ミケルス・アワード)に輝いた今売出し中の監督で、ペップのサッカーをオランダに持ち込んでいます」

──ドイツでは元有名選手よりもしっかり指導者の勉強をしてきた監督に注目が集まっていますが、オランダの現場ではどうでしょうか?
 「この国の監督はオランダサッカー協会のライセンス制度と実践の中でしっかり理論を勉強して身に着けてきていますので、分析から戦術トレーニング、コンディショニングまで指導者としての能力を一つのパッケージとして持っています。特にコンディショニングに関しては、レイモンド・フェルハイエンが提唱するピリオダイゼーションという最新メソッドがあるんですけど、こうした理論を使いこなして年間のコンディションニングやチームビルディングを管理できるのが叩き上げ監督のメリットですね。

 反対に、元有名選手は自分の頭にあるアイディアをどう実現させていくかに関しては足りない部分が出てくるので、良い参謀を連れてくる。ライカールトのバルセロナ時代のテン・カーテが代表例ですね。実はクライフも、自分の周りにスペシャリストを置いていました。彼はペップみたいに手取り足取りの指導はしないので、全体像を示すだけで後は彼の右腕、左腕がトレーニングを組んでいたそうです」

──コーチングスタッフ全体で最大の効果を発揮すればいいわけですからね。
 「そうですね。元有名選手と叩き上げのどちらが良いとか悪いではないんです。ただ、ビッグクラブを率いる場合は、やはり元選手としての肩書きは必要になってきますね。選手への説得力というピッチレベルの話の他に、経営レベルでスポンサーがたくさん付くとか、クラブにとってのプラスって大きいと思うんですよね。サポータにとってもずっとプレーしてくれたスター選手が監督として戻って来てくれたらうれしいじゃないですか。それが健全なプロサッカークラブのサイクルという気もします」


ぺーター・ボスという劇薬
“サッカーの考え方はクライフに近い”


──ビッグクラブの中ではペーター・ボスは叩き上げ監督のカテゴリーでしょうか?
 「彼は現役時代にオランダ代表やフェイエノールトでプレーしていて、国内では有名でしたけど、指導者としてはしっかり下のレベルからやって来ている人です。ヘラクレスで目覚ましい成果を上げ、フェイエノールトのGMを経由して、フィテッセで指導者として再び大きな成功を収めて、今季からアヤックスが三顧の礼で迎えました」

──フェイエノールト派の人がアヤックスの監督になったんですね。
 「フェイエノールトでのキャリアが状況を難しくしているのは確かです。結果が出なかったら袋叩きにあうかもしれません。プレシーズンで今まで勝てていなくて、これからギリシャのPAOKとCL予備予選を戦うんですけど、この結果次第ではかなり風当たりが厳しくなると思います(結果は2戦合計3-2でアヤックスが勝利)。

 彼のサッカーの考え方はクライフに近くて、かなり攻撃的なんですね。攻守の切り替え(攻撃→守備)の原則が『5秒以内に取り返す』『前方へプレッシャーをかける』といった具合に明確に設定されています。デ・ブールの時にはそういうふうにやっていなかったので、それを90分間維持するのはなかなか難しくて、選手たちから『CLではまず結果が必要だから、良いサッカーをしても負けたらしょうがない』という意見が出まして、監督が譲歩するような形で現段階ではより確実な原則で実践している状況ですね。選手側がペーター・ボスのサッカーを受け入れていくのか、あるいは受け入れないのか。デ・ブールの下でやっていた選手が多いので、フェイエノールト出身の外様の監督が『何か新しいことを言っているけど、これで本当に結果が出るのか』と思われている中で、自分のやり方を認めさせるには相当なエネルギーが必要だと思います」

──フロントがデ・ブールを代えたのは、彼のサッカーに限界を感じていたということ
ですか?
 「それは、少なからずあると思います。リーグ4連覇した時によく言われていたことなんですが、『結果は良かったよね、でもサッカーの内容は面白くないよね』と。彼のサッカーは、ボールを取られないためにパスを回すんです。その結果、総失点が凄く低いんですよ、昨季は21点しか取られていない。ただアグレッシブさを欠いていて、ハンドボールのようにブロックの外でボールを回している状態でシュートが少ない。ボールキープで相手にシュートチャンスを与えないのはアヤックスのフィロソフィの一つではありますが、数値的にも横パスが多くて、シュートチャンス率がもの凄く低かった。デ・ブールとしても6シーズンやって新しい挑戦をしてみたいタイミングだったので、円満な形での決着でした。

 そこでアヤックス経営陣が白羽の矢を立てたのが、クライフの原則を実践できる監督。フィテッセのサッカーがクライフのフィロソフィに一番近いとメディアやファンなどから待望論があったんです。ジョルディ・クライフというクライフの息子がGMをやっているイスラエルのマッカビ・テルアビブの監督をやっていた関係もあって、ペーター・ボスがアヤックスに来たという経緯があると思います」

──ぺーター・ボスのサッカーはどういうところが革新的なんですか?
 「クライフの原則の一つに『横パスよりもまず縦パス』というものがあります。デ・ブールのようなボールキープを優先したパス回しは、相手ありきなんです。回して回して崩れたら縦に入れる。一方、ペーター・ボスは縦パスを入れるためのポジションチェンジなど、相手ありきではなく自分たちからアクションを起こして守備を崩す。クライフもよく言うんですけど、ボールを回すのではなく相手を突破するサッカーですね。単にドリブルではなく、組織的なメカニズムで突破する。見ていて面白いサッカーだと思います」

──外様の監督がアヤックス原理主義的なサッカーをしていて、それがアヤックスの選手に受け入れられないという構造が興味深いですね。
 「結局、結果なんだと思います。選手は経験則で監督が目指しているサッカーはかなり高度で難しい、うまくいかなかったら失点がかさむことをわかっています。実際、シーズン最初のアマチュアクラブとの試合で2失点し、その後のプレシーズンマッチでも勝てない状況が続いています。ゴールは取れるけれど、失点の確率も高い。まず選手のマインドセットをより革新的に変えなければなりません。最悪、両者の溝が埋まらなければ、シーズンが始まってすぐに監督交代ということもあり得るかもしれません」

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最終更新:8/24(水) 17:34

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