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進化論を「再定義」する物理学者、ジェレミー・イングランドとの対話

WIRED.jp 8/24(水) 21:20配信

目の前をせわしなく動きまわるロボットがあるとしよう。空飛ぶドローンでも、お掃除用ロボでも構わない。何であれ、それらは誰の目にも「生きている」ようには映らないはずだ。われわれは、なぜそれを「非生命的」だと感じるのだろうか。

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その理由として、その動きがいかにも計算的で不自然であることが挙げられる。しかし、生物物理学者のジェレミー・イングランドなら懐疑的な目でこう言うはずだ。「それらのロボットの方が、その辺の石ころより生物に近い動きをするとは思わないか?」

マサチューセッツ工科大学(MIT)の物理学部で准教授を務めるジェレミー・イングランドは、生物物理学の分野でにわかに注目を浴びるようになったサイエンティストである。彼はMITに研究室をもち、ある偉大な問いに対する答えを模索する日々を送っている。

その「問い」とは、こうだ──。いったい何が、生物と無機物を隔てるのか? ただの原子の塊が「生命のようなもの」に至る過程には、何が必要なのだろう?

▼数式から現れた生命誕生へのヒント

生命の起源については過去、幾人もの巨匠たちが挑んできた。が、いまもって確信を抱ける理論は見つかっていない。しかし若干34歳のイングランドの目には、「生命のようなもの」の出現過程は決して奇跡には見えず、そこには確かなる物理的法則が横たわっている。

「ぼくは昔から、シンプルな仮説をもとに幅広い実験ができる理論物理学が好きでした。そして、生物の複雑な機能を、一つひとつの単純な構造として分解できる生物学にも興味がありました。ですからきっと、『生命のようなもの』が物理的制約のなかでどうやって生まれ、ふるまうのか、といったところに疑問があったんだと思います」

彼の疑問が明確なかたちをもちはじめたのは、5年前、MITで教鞭をとるようになってからだ。彼は理解に苦しむ非平衡統計力学の理論的な部分を深く掘り下げていくうち、その抽象的な数式のなかに、「生命のようなもの」のふるまいに対する“含み”があるように思えてきたと話す。

「ピンときたとか、そんなひらめきがあったわけじゃないんです。間違いだらけの仮定から始まって、現在のセオリーに至るまで、非常に漸進的なプロセスでした」

イングランドの大胆かつ簡潔なアイデアとは、万物はいかにして与えられた環境に適応するのかを数式で表した「散逸適応(Dissipative Adaptation)」と呼ばれるものだ。「生命のようなもの」の発生から、チャールズ・ダーウィンが提唱した「進化」に至るまでは、石が坂を転がるのと同じほど明らかな物理現象のはず。そこには地球外でも通用するような普遍性があるに違いないのだ。

しかし、それにはまず、われわれの凝り固まった固定観念をほぐさなくてはならない。生物とは何か? それは人間特有の「言語」により、固く縛られている。

▼生物を、物理の視点でみる

読者諸兄は、「生物」という言葉から何を連想するだろう。動くものか、あるいは食事をするものだろうか。われわれが生物を語るとき焦点になるのは、おそらくそれらの「ふるまい、機能、生存、繁殖、遺伝」などに関わるものだ。

対して、物理学が描写し得るのは、生物そのものの「距離(位置)、時間、粒子の数、エネルギー、温度」などで、そこに生命の息吹を感じる人間はあまりいない。しかし、生物はもれなく原子や分子でできていて、それ自身には機能も生存もへったくれもない。われわれの「生物とはこういうものだ」という固定観念さえ取っ払ってしまえば、そこには純粋な物理の法則が働いているのだ。

「これぞ生物特有のものとはっきり認識できる特徴はあると思っています。そのひとつは、エネルギー源の捜索。そのほか、検知・予測などは、生命活動に特有な性質でしょう。ですが、物理的な性質とは、本来「生物であるか否か」というレイヤーとは無関係な言語で表されるものです。生命と非生命の違いとは、人間が人間独自の基準により決めつけ、言葉を重ねていった結果だと思っています」

物理学は別け隔てなく「もの」の状態を描写し、そこに生命と非生命の境界は存在しない。ならば「自然選択により適者は生存する」「弱い個体は淘汰される」など、生物を観察することで得たチャールズ・ダーウィンの進化論の知見を、物理学で表現することは可能だろうか?

イングランドは、生物が環境へ適応する過程に目を付けた。進化論のなかでも「環境への適応」は生物の進化に必須だとされているものだ。

生物は周囲から「情報」を集めるのに長けている。どんな生物も、環境から自分自身の生存にプラスとなる情報とエネルギー源を捜索し、それを糧として生き延び、自身の複製(つまり、子孫)を残す。このような「適応」へのプロセスを物理的数式で説明できるのなら、少なくとも生物が環境に適応する理由に生物学的な進化論は必要ではない。

生物は物質でできている。生物はエネルギー供給のため、食べなくては生きていけない。生物は熱を放射する。生命活動は不可逆である。ここに働いている法則は「開放系」におけるエントロピーの増大則だ。物理でいう熱力学の第二法則に密接に関わっているものである。

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最終更新:8/24(水) 21:20

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