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「未来の農業を担うのは若者と企業」。“地方創生の雄”兵庫県養父市トップに聞く、日本復活の鍵

HARBOR BUSINESS Online 8/24(水) 9:10配信

 アベノミクスの大きな柱のひとつとして大々的に掲げられた「地方創生」。安倍内閣の再改造によって、再びその行方が注視されている。今回、地方創生の雄として注目されている兵庫県養父(やぶ)市に足を運び、広瀬栄市長と三野昌二元副市長を訪ねた。

 養父市は、人口2万6000人程度の小さな自治体でありながら、’14年に“規制改革の切り札”とされる「国家戦略特区」に指定され、なおかつ今年4月に行われた諮問会議で特区中唯一「課題なし」という最高の評価を受けているのだ。

 国家戦略特区とは産業の国際競争力の強化および、経済活動の拠点形成に関する施策の推進を目的とした特別区域のこと。既存の枠を破り、規制改革を行っていくことができる。東京圏、関西圏、沖縄県、福岡市という、そうそうたる大都市が特区として並ぶなか、総面積の約84%を山林が占め、すぐ目の前に田んぼや緑あふれる山々といったのどかな風景が広がる「古き良き田舎」が、なぜ一目置かれているのだろうか。

「市の抱える問題を解決するために、基幹産業であった農業を根本から変えていこうという姿勢が、国の方針とうまく合致したのではないでしょうか。とはいえ、特区の目的は『グローバルな経済活性化』なので、最後までわが町が選ばれるとは思っていませんでした。決まったときには市民ともどもビックリしましたね」(広瀬市長)

 広瀬市長の言う通り、養父市は“農業の改革拠点”という位置づけがなされている。壮大な経済改革の実験場として白羽の矢が立てられたわけだ。

 しかし、地域を変えていこうともがく自治体は他にも星の数ほどあるはず。謎を解く鍵は養父を知り尽くす市長と、三顧の礼をもって民間から招かれた元副市長との二頭体制にあった。

◆「従来の政策ではダメだ」

 もともと、養父市は他の地方自治体同様、少子高齢化や地元産業の衰退に悩んでいた。’08年に当選した広瀬市長は、’10年の国勢調査で弾き出された約1700の自治体の人口減少率を調べて、「愕然とした」と語る。養父市の人口減少率は6%を少し超える程度だったが、10~15%の自治体が全体の約1割を占め、中には30%を超える自治体すらあったのだ。

「人口減少率が10%以上の自治体の中には、総務省や農林水産省から地方再生のモデルとして称賛されているような市町村が綺羅星のごとく並んでいました」(広瀬市長)

「従来の政策ではダメだ」。そう強い危機感を覚えた広瀬市長が目をつけたのは、農地制度の改革だった。農業従事者の高齢化により耕作放棄地が増加し、農村のコミュニティも消えかかっている。この課題を解決するためには後継者を集めてこなければならない。

「農業の新たな担い手候補として考えられるのは、都市の『農業をやってみたい』という若者と産業として農業に携わりたいと考えている企業です。しかし、現在の農地法では『農地所有者こそが農家であり、農家でなければ農業をすることはできない』と定められています。

 制定された70年前はそれでよかったでしょうが、今は状況が違います。まずは農地制度を変え、環境づくりをしっかりとすることで、雇用も生まれて一石二鳥、三鳥になります」(広瀬市長)

◆既存の農業を覆す歴史的な一歩に

 広瀬市長は、新たな政策づくりの右腕として、民間企業出身の三野昌二氏を副市長に迎え入れた。三野氏は養父市の金融機関から依頼を受け、トライセクター・リーダーとしてコンサルティングを行っていた経営コンサルタントだ。

 32年間、観光業界に身を置き、「ハウステンボス」の再建にも関わった実力派。副市長に就任した三野氏は、養父市が100%出資する地域おこし会社「やぶパートナーズ株式会社」の経営や地域おこし協力隊のマネジメントも求められている。

 こうして、広瀬市長と三野氏それぞれが「行政」「産業振興」における立役者となり、国家戦略特区指定を機に改革を進めてきた。まず、行政の面で重要な政策として、主に以下の3つがある。

 1つ目は「農地の権限移譲、所有権移転」。従来は地元の農業委員会が農地の権利移動等に関する権限を持っていた。しかし、養父市では市長にその権限を委譲している。そのほうが新たに農業を始めるにあたって手続きがスムーズだからだ。結果として、農地の流動化面積も増えているという。

 2つ目は「融資における信用保証制度の農業への適用」。通常、企業は信用保証協会による保証を受けることで融資を増額させるが、農業はその対象になっていなかった。そこで、養父市では農業を信用保証の対象にするよう中小企業庁に申し入れたのだ。これまでに信用保証が適用された事業は6事業、融資金額はトータルで9000万円、このことにより生じた新たな雇用は12名にのぼっている。

 3つ目は「農業生産法人における企業の出資比率の引き上げ」。今年4月に施行された農地法改正法では、農地を所有できるのは企業の出資比率が50%未満の「農業生産法人」とされているが、養父市ではさらなる条件緩和を求めていた。その動きが功を奏し、6月、「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律」が公布され、全国で養父市に限り、企業が農地を所有できるようになったのだ。

「この特区改正法案は、5月27日に参議院で可決されました。ですから、私はいつもその日、日本で歴史に残る事件が2つあったと申し上げています。1つはオバマ大統領の広島訪問。そしてもう1つが、改正法案が参議院を通過したことです。『農家しか農地を所有することができない』という既存の農業を覆す、小さくて大きな第一歩だと考えているんです」(広瀬市長)

 こうした農業規制の緩和によって、企業と地元の農家が連携し、花やはちみつ、ニンニク、米といった農産物に付加価値をつけて大都市で販売するようになっている。現在のところ、参入している企業は2年間で11社。養父市が発足してからというもの、企業誘致を進めても10年間で4社しか参入してこなかったことを考えると、「ゆっくりとだが、着実に効果は出てきている」と、広瀬市長は語る。

 では、改革のもうひとつの柱とも言うべき「産業振興」のほうはどうなのか。次回、三野氏が、地方活性化の常套手段としてしばしば挙げられる「地域循環」や「地産地消」という言葉に踊らされず、ビジネスとして地域経済を回していくための秘訣を明かす。

<取材・文/小泉ちはる>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:8/24(水) 9:10

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