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リオ五輪を(別の意味で)盛り上げてくれた中東の選手たち - 保坂修司 イスラーム世界の現在形

ニューズウィーク日本版 8/24(水) 19:08配信

<自国選手団があるのに難民選手団の一員として参加した選手、「イスラーム的」服装で異彩を放ったビーチバレー・チーム、ユニフォームの胸に「アリーよ」と宗教的メッセージが書かれていた選手......。禁止されてはいても、政治的・宗教的な話題はオリンピックには欠かせなかった> (写真:女子ビーチバレーのエジプト対ドイツ戦、8月7日)

 リオ・オリンピックでの日本人選手の活躍もあり、メディアは連日大騒ぎだったが、リオでは中東諸国の選手たちもいろいろな意味でがんばっていたようだ。さすが中東諸国だけあって、競技そのものよりも、政治的・宗教的な話題で盛り上げてくれた。

 オリンピック憲章には、オリンピック競技の行われる場所ではいかなる政治的・宗教的・人種的プロパガンダも許されないと明記されている。とはいえ、オリンピックが国威発揚の場であるのは否定しようがないので、これまでも政治的プロパガンダの場として利用されつづけてきた。もっとも有名なのはメキシコ・オリンピックで米国の黒人選手2人が表彰台で黒人差別に抗議した事例であろう。また、ミュンヘン・オリンピックではパレスチナ・ゲリラがイスラエル選手団を襲撃するといった事件も発生した。

 リオの場合でも、オリンピックがはじまるまえからテロ組織イスラーム国(IS)の脅威が懸念されており、実際、ブラジルからISのリーダー、バグダーディーに忠誠を誓うというアラビア語声明(下記)が出されるなど、不穏な空気もただよっていた。

「ブラジル・カリフ国の支援者たち」を自称する組織によるISへの忠誠の誓い

【参考記事】ブラジルの過激派がISISに忠誠誓う、南米で初めて

 いざ、リオ・オリンピックがはじまると、すぐに中東ではスポーツが政治や宗教と不可分であること思い知ることになる。たとえば、内乱中のシリアは自国選手団を派遣したが、その一方でシリアからの難民も、難民選手団の一員としてオリンピックに参加していたのである。競泳バタフライ100メートルに出場した、ベルリン在住のユスラー・マールディーニーは日本のメディアでも取り上げられたのでご記憶の人もいるのではないだろうか。

 また、女子競技でいえば、中東諸国の女性アスリートの「イスラーム的」服装が話題になったのはそのひとつである。とくに、肌の露出が多い女子ビーチバレーでは、頭にヒジャーブ(髪の毛を隠す覆い)、長袖、長いレギンスを着用したエジプト・チームが異彩を放ち、ビキニ姿の相手と対戦中の写真を見ると、とても同じ競技をやっているようにみえないほどであった(冒頭の写真)。

【参考記事】リオ五輪でプロポーズが大流行 「ロマンチック」か「女性蔑視」か



 また、男子レスリング・フリースタイル74キロ級で金メダルをとったイランのハサン・ヤズダーニー・チェラーティーが試合中、着用していたユニフォームの胸には大きく「ヤー・アリー(アリーよ)」(アリーは第4代正統カリフで、シーア派初代イマーム)と書かれていた。いかにもシーア派らしい文句だが、これはオリンピック憲章で禁じられた宗教的プロパガンダには当たらないのだろうか。と、気にしながら見ていたら、男子サッカーで金メダルをとったブラジル・チームのエース、ネイマールが表彰式で頭に鉢巻のようなものを巻いていて、そこには「100% Jesus」と書いてあったのである。どっちもどっちというところであろうか。ちなみに、ネイマールの鉢巻きは今回がはじめてではなく、すでにFIFAでは審議対象になっているという。

Ueslei Marcelino-REUTERS

柔道男子100キロ超級のエジプトvs.イスラエル

 しかし、政治とスポーツの関係で何といっても一番話題になったのは柔道男子100キロ超級での出来事であった。8月12日に行われた試合ではエジプトのイスラーム・シェハービーとイスラエルのオル・サッスーンが戦い、後者が一本勝ちした。問題はそのあとだ。サッスーンがシェハービーと握手しようと、右手を伸ばしながら、近寄っていったところ、シェハービーはそのまま後ずさりして、握手を拒否したのである。さらに、礼もせず、畳から去ろうとしたため、審判に呼び戻されたが、シェハービーは畳の端でちょこんと頭を下げただけで立ち去ってしまったのだ。

 本来、柔道では試合後に対戦相手と握手する必要はないのだが、礼を行わなかったことについては弁解の余地はない。会場からはシェハービーに対し激しいブーイングが起きていた。エジプト選手の行為はオリンピック憲章や柔道精神にもとるものであるとして、エジプト・オリンピック委員会は彼に帰国処分を科した。

 とはいえ、そこにいたる経緯には複雑なものがあろう。イスラエルとアラブがパレスチナの地をめぐって、4度にわたる中東戦争を含め、長く対立しているのはご存じのとおり。したがって、アラブ人であるエジプト人が、パレスチナの大義のために、握手や礼を拒否したという構図は理解できる。実際、シェハービーは「対戦相手と握手するのは柔道の規則に書かれた義務ではない。それは友人同士のあいだで行われるものだが、彼は友人ではない。わたしはユダヤ人や他のいかなる宗教、異なる信仰とも問題を抱えているわけではない。しかし、個人的な理由により、世界中が見守るなか、誰もわたしにこの国の人間と握手しろと要求することはできない」と述べている。「この国」という表現からも、イスラエルに対する強烈な敵意を感じ取ることができる。

 しかし、エジプトはそのイスラエルと和平条約を締結、国交も樹立しているのである。国交をもたない、他のアラブ諸国とは状況が異なる。仮にイスラエルに対する自分の政治的主張を出したいのであれば、試合そのものを辞退するという選択肢もあっただろう(ただし、政治的な理由で対戦を拒否すれば、これも当然、オリンピック憲章違反であり、処罰の対象となる)。



 もうひとつ気になるのが、シェハービーの握手拒否の背後にさまざまな圧力があったのではないかといわれることである。実際、ツイッターなどでは、シェハービーにイスラエル選手との対戦を拒否するよう呼びかける、脅迫めいた文言も散見される(たとえば、このツイート)。こういうのを見てしまうと、試合をして、しかも負けてしまっては、せめて握手を拒否するぐらいしないと、エジプトに帰ったら、たいへんな目に合うのではないかと危惧してしまう。しかも、エジプト・オリンピック委員会は早い段階でシェハービーの行為は個人的なものだとの声明を出し、彼をかばう素振りもみせていない。

 もうひとつ、別の視点で今回の事件をみることもできる。それはシェハービーのヒゲである。いや、サッスーンもヒゲ面なので、正確にいうと、顎ヒゲである。サッスーンが鼻の下のヒゲも顎ヒゲもモジャモジャなのに対し、シェハービーのほうは、古い写真をみても、鼻の下のヒゲは剃っているか、短く刈り込んでいて、顎ヒゲだけを長く伸ばしている。これは、預言者ムハンマドやその直後の時代を理想とし、彼らのことばや行動を生活の規範としようとする、いわゆるサラフィー主義者のシンボルでもあり、昔のエジプトだったら、それだけで逮捕されかねなかった(鼻の下のヒゲをきちんと刈り込み、顎ヒゲを伸ばすのは預言者ムハンマドのスタイル)。実際、シェハービーがサラフィー主義者かどうか、わたしは知らないが、仮にそうだとすると、イスラエル人との握手拒否はさもありなんということになろう。

 そのほか、クウェート国内のオリンピック委員会が資格停止処分を受けたため、クウェート選手が、クウェートではなく、「独立選手団」の一員として出場しなければならなかったのにも政治とスポーツがからんでくる。この枠組みで射撃ダブルトラップに参加したフォフェイド・ディーハーニーは何と金メダルを獲得してしまったのである。彼は栄光あるクウェート人初の金メダリストになったのだが、残念ながら表彰式にはクウェート国旗もクウェート国歌も流れなかった。

保坂修司

最終更新:8/24(水) 19:08

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