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25年ぶりのマジック点灯!野村謙二郎が2年前に鈴木誠也に残した“置き土産”

BEST TIMES 8/25(木) 18:30配信

早くからその才能を見出されていた

 2016年のカープの勢いを象徴する選手の一人が、プロ入り4年目・21歳の鈴木誠也だ。鈴木はケガの影響で開幕こそ二軍スタートとなったが、4月5日に一軍に昇格すると5月にはライトのポジションを奪った。そして交流戦では2試合連続サヨナラ本塁打、3試合連続決勝本塁打という神がかり的な活躍を見せ、初のオールスター出場も果たした。野村謙二郎氏の著書『変わるしかなかった。』の中に、鈴木の成長が読み取れる1つのエピソードが記されている。

「2014年はとにかく多くの選手を試した。二軍の練習場がある由宇にも何度も足を運んだし、僕が顔を出すことで『監督がきてるから入れ替えがあるのか?』と選手たちのモチベーションを煽ることも期待した」

 鈴木は野村氏がカープ監督4年目の2013年にドラフト2位で入団。1年目から二軍でヒットを量産すると、9月には1998年の東出輝裕(現一軍打撃コーチ)以来となる高卒野手ルーキーでの一軍昇格、初安打をマーク。野村氏はカープ監督時代、菊池涼介、丸佳浩を打線の主軸に育て上げ、投手では中崎翔太、戸田隆矢など多くの若手を起用した。そして鈴木もそのなかの一人の選手だった。

そのまま打たせたことを後悔はしていない

 鈴木はプロ2年目となる2014年、序盤から伸び悩み、一軍と二軍を行き来する日々を過ごしていた。しかし野村氏は鈴木の高い身体能力と、打撃力の高さを買っていた。

「2014年に伸びた若手の筆頭格が誠也だろう。誠也は本当はもう1年実力をつけてから一軍に上げようと思っていたが、球を打つタイミングの取り方を変えたら一気にバッティングが柔らかくなった。そしてとてつもない打球を飛ばし始めた。その成長ぶりはキク(菊池涼介)じゃないが、『ひとつのアドバイスで人はここまで変わるのか?』と思うほどの変化で、フリーバッティングを見ると完全に一軍レベルだった」

 8月に一軍に再昇格すると野村氏の助言で鈴木の打撃は飛躍的に変化した。そして9月にプロ入り初本塁打をマークするなど、鈴木は終盤に一軍に定着。2年連続クライマックス・シリーズに進出したチームのなかで、最年少の選手としてベンチ入りした。阪神との対戦となったクライマックス・シリーズのファーストステージ、初戦を落として背水の陣で迎えた2戦目、鈴木はこの大一番でスタメンのチャンスを掴んだ。

「僕はこの試合で彼を七番・ライトでスタメン起用した。結果は5打数無安打、チャンスでことごとく失敗した。特に印象的だったのは7回表、前の小窪が敬遠され、1死満塁の状況でサードゴロに倒れたシーンだ。それは誠也にとって一生忘れられない打席になったことだろう」

 当時二十歳の若武者は、最大のチャンスを生かすことができなかった。

「彼は凡打に終わってしまった。それは苦いかもしれないが、彼にとっては最高の経験だ。いつか彼が押しも押されもせぬレギュラーになったとき、僕は『あの打席で打てなかった悔しさが僕をこうさせてくれました』という発言を聞きたいと思う。この悔しさをバネに汗水垂らしてバットを振り続けてくれれば、僕はそれで十分だ」

 後に鈴木は、「あのときは『ただ打ちたい』という気持ちが強すぎて、気持ちと実力が一致していませんでした。悔しい経験でしたが、プロ2年目であの場面を体験させていただいて、起用していただいた野村前監督に感謝しています」と当時を振り返った。

「あの場面、僕は誠也をそのまま打たせたことを後悔はしていない。それを僕の“置き土産”と言ってしまってはカッコよすぎるが、彼のハートに火を点けるきっかけになってくれるのなら意味があったと思っている。すべての苦い経験は未来に生かされるためにあるのだから」

 あの“悔しい打席”を経験した翌年の2015年、鈴木は開幕スタメンを掴むなどシーズン通じて一軍に帯同。そして今季、自らの打力でポジションを掴み、ブレイクを果たした。野村氏が鈴木に残した“置き土産”は、確実に意味のあったものとなっているはずだ。

文・写真 広島アスリートマガジン編集部

最終更新:8/25(木) 19:09

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