ここから本文です

堤清二が初告白 一族の怨念と情愛の物語

Book Bang 8/25(木) 8:00配信

 私は堤清二が作り上げたセゾン文化の恩恵にあずかった世代だ。音楽、ファッション、美術と、清二のおかげで知ったことは数知れない。だが同時に異母弟、義明とのビジネス上での相克も報道で知ってはいた。

 著者の児玉博は2000年、“セゾングループ”解体の折の記者会見で淡々と答える清二に対峙していた。財界を退いて9年、清二は小説家、辻井喬として生きてきた。だがその5年後、義明が証券取引法違反で逮捕され西武グループは崩壊する。再建を主導する銀行のやり方に突如、異を唱えた清二は最前線に立った。

 児玉は真意を探るためにインタビューを申し込む。計7回、十数時間に及ぶインタビューの初回、呼び方を尋ねると「堤清二として話をさせて頂く」と答えた。彼の口から語られた堤一族の姿は隆盛と凋落の歴史であり、怨念と情愛の二律背反の物語であった。

 滋賀から上京し立志伝中の人となった康次郎は艶福家であった。3番目の正妻である操の長子、清二と、愛人として別邸を構えていた石塚恒子の子、義明とは、康次郎の晩年、後継者争いが取沙汰されていた。指名されたのは世間の思惑に反し、清二より7歳年下の義明であった。

 その折、清二に与えられた財産は池袋の小さな百貨店に過ぎなかった。しかし20年余り後には、一代で西武百貨店、西友、パルコなどおよそ200社、年商5兆円というセゾングループを築き上げる。バブル崩壊によってグループは破綻。代表を退いてからは小説家、辻井喬として生きていた。堤清二というビジネスマンが復活したのは、愛憎半ばしながらも捨てられない長兄としての矜持と、康次郎との約束を守るためだった。

 知的なイメージを崩すことなく清二は真摯に語っていく。だが読み進むうちに彼の傑物ぶりと異母弟の狂気に背筋が寒くなる。2016年大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)に相応しい血族の軌跡であった。

[評者]――東えりか(書評家)

※「週刊新潮」2016年8月25日秋風月増大号

SHINCHOSHA All Rights Reserved.

最終更新:8/25(木) 8:00

Book Bang

記事提供社からのご案内(外部サイト)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。