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マシュマロ系男子たちが、甲子園を目指す! 楽しさデカ盛り、サービス満点の青春小説

Book Bang 8/25(木) 17:49配信

 あ、そうか。これ、そういう小説なんだっけ。お得じゃん。

 横関大『マシュマロ・ナイン』を読んでいたら、本当にそんなことを思う瞬間が訪れたのである。なんだろう、夢中で鰻重を食べていたら、もう一枚鰻が敷かれているのに気づいた感じ? 違うかな。豊橋カレーうどんは丼の底にとろろご飯が隠されているのだが、知らずに食べてびっくりした感じ、というのが近いか。何かに熱中しているときに、本題のそれ以外にもお楽しみが準備されているのに気づいたら嬉しいでしょう。そういう喜びをこの小説で味わったのである。古い喩えで恐縮だが一粒で二度美味しいとはこのことだ。

 プロ球団の東京オリオンズに所属する小尾竜也は、選手としての盛りは過ぎていたが、中継ぎ投手としてまだしぶとく生き残っていた。しかし、彼の選手生命は不意に絶たれる。ある試合の際に行われたドーピング検査で陽性反応が出たのだ。もちろん身に覚えのないことだったが、抗弁の機会さえ与えられずに球界から追放されてしまう。生活が荒れて不本意ながら妻とも離婚、まさに人生のどん底へと突き落とされたのだった。

 三年後、小尾は知己を頼って私立新栄館高校で臨時体育教員の職にありついていた。その彼に、校長の新川正秋から無茶な命令が下される。学校の知名度を上げるため、野球部を新設して甲子園出場を目指せというのである。元プロ野球選手の資質を見込んだ、といえば聞こえはいいが、問題があった。小尾が率いることになる部員たちだ。新栄館は本来、格闘技系の部活動で有名な高校である。特に相撲部は名門だが、暴力沙汰が明るみに出て廃部の危機に瀕していた。その部員たちをメンバーとして起用しろというのだ。平均身長一八〇センチ以上、体重も軒並み一〇〇キロ超と堂々たる体躯を誇る少年たちだが、残念ながら野球向きの体格ではない。試しにランニングをさせれば、目を覆わんばかりの鈍足ぶりだ。甲子園に出場できれば正規職員として雇用、失敗すればクビ、という条件をつきつけられた小尾の前途は、あまりに暗かった。

 すでにお気づきと思うが、題名は元相撲部員の球児たちを指している。何をしてもすぐに腹が減り、登校前にコンビニエンスストアのおでんを買い食い、練習が終われば全部食べたら無料のジャンボラーメンを目当てに総出で押しかけ店長を嘆かせるという余りにも立派な肥満児っぷり。しかしデブにもそれぞれに個性があり、将来の相撲部屋入りは間違いなし、三役入りも期待される天才肌の具志堅(グッシー)から、確かに太ってはいるが自分は美男なのだと自惚れる服部(ハット)、人情に厚くリーダータイプの二階堂(ニカ)と、キャラクターがはっきり描き分けられている。慣れない球技に消極的な部員たちを、たっぷり食わせてやる気にさせる人心掌握術で小尾がまとめていくまでが第一部、もちろんにわか作りの野球部が最初からうまくいくわけがなく第二部では練習試合惨敗の苦汁を舐めさせられるのだが、意外な打開策が見つかって一挙に道が開けていく。いよいよ甲子園出場権を懸けた大会が始まり強豪校相手にナインが文字通り肉弾相打つ闘いを挑んでいく第三部以降は、野球のみならずスポーツ小説が好きな読者ならたまらない展開のはずだ。

 で、その途中のどこかで冒頭に書いたあの感覚を味わうことになるのである。「あ、これそういう小説でもあるんだ」という驚きですね。小尾にはドーピング使用の冤罪で球界を追われた苦い過去がある。そのことが脇筋として機能し、小説を立体的なものにしている。また、折り返し地点から物語の様相が変わり、ゆっくりだったものに加速がつき、仮面を被っていたものはそれをかなぐり捨て、とすべてが動き出す構成は娯楽小説のお手本にしたいぐらいのものだ。がんがん読んだらカロリーを消費したのか、おなかも空きました。

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
※「本の旅人」2016年8月号 掲載

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最終更新:8/25(木) 17:49

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