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日本に10億円寄付した台湾経済界の風雲児を偲ぶ

Wedge 8/26(金) 12:20配信

 今年1月、東日本大震災の際に、個人で10億円を寄付してくれたエバーグリーングループ総裁の張栄発氏が亡くなった。張氏のように日本を「特別視」する「日本語世代」は年々少なくなっている─。

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 2016年1月20日、台湾のエバーグリーン(長栄)グループ総裁の張栄発氏が他界した。享年88歳。

 氏は東日本大震災の際、義援金として個人で10億円を寄付し、グループ傘下の企業には各種救援物資を提供するように指示。さらに、被災地までの輸送と搬送を無料で行うようにと命じた人物である。

東日本大震災当日総裁室でひとり涙を流す

 張氏は日本統治時代の1927年(昭和2年)10月6日、台湾北東部に位置する漁業都市・蘇澳で生を受けている。その後、台湾北部最大の港湾都市として君臨していた基隆に移り、15年間の船員生活を経験した。

 その後、一隻の中古貨物船を購入して起業。68年には長栄海運(エバーグリーン・マリン)を設立した。ここで持ち前の経営手腕と不断の努力で同社を発展に導き、89年にはエバー航空を設立。その後もホテル事業や保険事業など、幅広く事業を展開した。

 同時に社会貢献や文化事業、教育事業にも強い関心をもち、08年には子供から老人まで読める倫理雑誌『道徳月刊』を発行。学校や各種施設で無料配布している。

 11年、東日本大震災の状況は台湾でも大きく報道されたが、震災当日、総裁室でひとり、テレビから流れる被災地の映像を前にして、張氏は涙を流していたという。

 生前、張氏と親しかった全日本空輸の池本好伸元台北支店長は「自らを育てあげた日本はいつの時代も張氏にとって特別な存在だった。情に厚いことで知られた人物なだけに、惨状を知って、誰よりも心を痛めたのではないか」と語る。

「日本語世代」の日課は「のど自慢」と大相撲観戦

 張氏は翌朝、10億円を被災地に送ることを決めた。直後に張氏を取材した読売新聞元台北支局長の源一秀記者は「足りなければいつでも出すつもりだから、遠慮なく教えてほしい」と言われたという。

 張氏はかつて三陸地方を訪ねたことがあり、純朴で実直な人々の姿を目にしたことがあった。その人々が今、悲劇の渦に呑み込まれていると知り、いてもたってもいられなかったのだろう。なお、この10億円は全額、張氏のポケットマネーである。

 台湾には「日本語世代」と呼ばれる人々がいる。日本統治下の台湾に生まれ、成長した人々で、いずれも70代後半以上の高齢者である。現在も日本語を常用し、日本から取り寄せた雑誌を愛読する。

 同世代の仲間との雑談はすべて日本語で行い、時には熱い議論を交わす。書棚には年季の入った国語辞典が並び、NHKの「のど自慢」や大相撲を見るのが日課だという人も少なくない。

 周知のように、台湾は1895年(明治28年)から終戦までの半世紀、日本による統治を受けた。日本は台湾を新領土ととらえ、各種制度を整え、産業インフラの整備を進めた。

 特に教育を重視し、各地に学校を設けた。日本語世代は等しくこの時代に生まれ、日本人として育てられた人々である。もちろん、張氏もそのうちのひとりである。

 戦後、日本人が去った台湾にやってきたのは中華民国だった。蒋介石率いる国民党政府が新しい統治者として君臨し、征服者として振る舞った。

 しかも、毛沢東率いる共産党との内戦に敗れた後は国体そのものを台湾に移してきたため、日本語世代には数多くの葛藤が生まれた。

 国民党政府は言論統制を敷き、様々なかたちで弾圧を加えた。人々は言論の自由を奪われ、郷土文化の研究はもちろん、郷土意識を抱くことすら禁止された。日本語はもちろんのこと、台湾の土着言語も公の場では禁止され、政府が持ち込んだ北京語が強要された。

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最終更新:8/26(金) 12:20

Wedge

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