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男も生きづらい、変わらぬ日本男性の生き方に異議申し立て

Wedge 8/26(金) 12:30配信

 夫より妻の収入が多いと格差婚と報道されたり、平日の昼間に家の近所を歩いていると白い目で見られたりと、「男は会社員としてバリバリ働くべきだ」という画一的な意識が未だに残っている。一方で育児への参加、女性の活躍などの多様性が叫ばれるこの世の中で、男はどう生きて行くべきなのか。そこで『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)、『<40男>はなぜ嫌われるか』(イースト新書)などの著作があり、男性学を専門とする武蔵大学社会学部の田中俊之助教に男性学や長時間労働、中年男性の弱さなどについて話を聞いた。

――結婚や出産、専業主婦、働き方など女性としての働き方や生き方については様々に論じられる一方で男性に関しては未だに「働く」以外の選択肢がないように見えます。

田中:当然、これまでも男性自身が男性として求められる働き方や生き方に疑問を持っていたとは思いますが、それはなきものとして扱われてきました。

 その背景には高度経済成長期から1970年代にかけて「男は仕事、女は家庭」と分業が進んだことがあげられます。右肩上がりに経済成長が続いていた時代には、この分業は非常に機能的でした。例えば企業にとって人件費は大きな支出です。夫婦二人に働いてもらうよりも、夫一人にがむしゃらに働いてもらったほうが支出は少なくて済む。それだけがむしゃらに働き疲れ果て家に帰れば、子育てや家事をすることは出来ません。そこで専業主婦の妻にケアをしてもらえば、次の日また働くことが出来る。経済効率や成長だけを考えると、性別役割分担は非常に機能するんです。

 70年代の日本の女性は男女雇用機会均等法がまだ存在せず、早期に退職させられたり、給与も安く現在から考えれば明らかな女性差別の慣習がありました。現在でも女性が女性であるために抱えてしまう問題は数多くあり、そうした中で女性の働き方や生き方を研究する女性学が登場したことは明らかです。

 一方、男性の中にも仕事ばかりの生き方に不満や生きづらさなどの疑問を持っていた人はいたと思いますが、仕事を辞めてしまうと家庭も社会も崩壊しかねなかったのでなきものとされてきたんです。

――そういった状況から先生のご専門である男性学はどのように誕生するのでしょうか?

田中:そうした仕事中心の男性の生き方に対する異議申し立てに代表されるように、男性が男性であるがゆえに抱えてしまう悩みや葛藤に着目する学問で、80年代後半から90年代初頭にかけて、女性学の影響を受け議論が始まりました。男性学と女性学の共通の目的は「性別にとらわれない多様な生き方の実現」です。これは、仕事に全てを捧げる男性や専業主婦の存在を決して否定しているわけではなく、そうした男性や女性がいる一方で、主夫やバリバリ働く女性も認めようという考えです。

 日本には男性学をメインに研究している大学教員は現在も5人程度しかいませんが、私が研究を始めた20年ほど前に、仕事中心の男性の生き方に異議を唱えたりすると周りに白い目で見られることもよくありました(笑)。

 私自身大学4年時を振り返ってみると次のような思い出があります。真面目な友人や、バンド活動やアルバイトばかりしている友人、髪の毛の色もいろんな色の友人とそれまで多様だった同級生が、突然みんな同じようなスーツを着て、同じような髪型にして就職活動を始めたんです。就職して定年までの約40年間、最低でも1日8時間の週40時間、さらに残業までして働くとみんなが言い始めた。そういう生き方に違和感を持ちましたし、それが男性学を志したキッカケです。

 それまで多様だった友達がワンパターンになっていく仕組みは面白いなと思いましたね。研究を始めると、例えば農家なら家族で働いており男だけが仕事しているわけではないので、人が会社などに雇われて働かないとそういう仕組みにならないことがわかりました。

 就活でみんなが就職することに疑問を持ったことをキッカケに、その後は戦後日本社会でいかに男は仕事、女は家庭というみんなが当たり前だと思っている仕組みが成立していったかを研究しています。

――先ほど仕事中心の男性の生き方への異議申し立てとありましたが、失われた20年を経た現在でも、そのような「普通の家族」のあり方を目指している人も多い印象がありますし、週刊誌などでも夫より妻の収入が多いと格差婚などと揶揄されます。

田中:高度経済成長期に形成された性別役割分担は、昨日より今日、今日より明日が良くなっていくことが前提の社会でこそ機能します。男性側からすると、自らの生活の全てを仕事に没入させれば家族全員が食べられたし、親よりも良い生活が出来た。そうした働き方自体に様々な問題はありましたが、少なくとも納得感はありました。ここ50年ほど男性が1日8時間、週40時間以上働くという前提で社会が回ってきました。それを期待して、家のローンを組んだり、子どもを進学させたりと。

 しかし、現在のように成長が乏しく、昨日より今日のほうが良いと思えない中では、生活の全てを犠牲にしても割に合わない。その割に合わなさを理解しながらも、なんらかの形で働き続けなければならないわけですから、どう働くかを考えてみましょうよというのが今回の本『男が働かない、いいじゃないか!』のメッセージでもあります。

――私も田中先生と同じくみんながどうしてそこまで会社にコミットするのか理解に苦しむ時があります。「普通であることが大人になること」と言う人もいますし。どうして未だにモーレツ社員のような働き方に意義を申し立てないのでしょうか?

田中:「普通の道に進むことが大人になること」程度の理屈で納得することを僕は理解できませんし、未だに会社勤めの拘束時間の長さは耐え難いと感じる。

 ただ、現在の若い人たちの親の多くがサラリーマンで、その他の生き方のロールモデルを見たことがないんだと思います。ということは、僕らのような40歳前後の世代が新しい生き方をつくっていかないといけないと思いますね。手本がないから出来ないではなく、生き方が決まっていなから自分で決めていく楽しさを感じて欲しい。

 現在は、男性がいくら働いたところで家族全員が食べられなくなってきているわけですから、共働きをすることや、結婚はせずにひとりで暮らしていくのも有力な選択肢になっていくと思います。

――生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚したことがない人の比率)の問題が、ここ数年取り上げられることが多いですが、必ずしも結婚しなくてはいけないわけではないですからね。

田中:2010年の生涯未婚率が男性で20.1%と、およそ5人に1人が生涯未婚という状況ですから。

――日本の長時間労働についてはうつ病のリスクや自殺率の高さ、生産性の問題と様々な問題を孕んでいると指摘されています。

田中:生産性が低いという議論はあまり意味をなしていないと思っています。それよりも長時間労働が単に習慣化しているから、つまりはみんなが長時間働いているからそうなってしまっているだけだと思います。

 自殺については、長時間労働も一因としてはあると思いますが、男性的な特徴を考えると人に悩みを打ち明けるのが苦手なことも大きいのかなと思います。自殺するまで追い詰められる前に、悩みを吐露したり、人に言葉をかけてもらったり踏みとどまる要素がないのが問題。『<40男>はなぜ嫌われるか』に書きましたが、中年男性は悩みを吐露したりする友達がいないんです。

 他にも中年男性は、趣味もなく、孤独な人が多い。そこは会社員だろうが、自営業だろうが共通点としてあります。そういうことに若い時に気が付き、例えば高校・大学時代の友達を大切にしておくことも重要です。

――中年男性はどうして悩みを打ち明けられないのでしょうか?

田中:それは男らしさという規範に関係があると思いますね。古い規範だと「男は泣いてはいけない」「感情を表に出してはいけない」「我慢強くあるべき」とは幼少の頃から女子より強く言われてきた。そうした「男はこうであるべき」という規範が、男性の感情の吐露を妨げているのではないか。

 他にも本書のタイトルのように「働きたくない」と結婚している男性が言い出した時、女性は受け止められないのではないかと。ですから、仕事を辞められないとなると抱え込むしかなく、その上に弱音を吐くのがルールとして禁じられているのが大きいかなと思いますね。

 最近、僕が考えているのは、長時間労働も含め、男性は社会の中で雑に扱われているのではないかということです。もちろん、女性が社会の中で男性よりも下に扱われているという前提での話、です。

 長時間労働は健康上の問題はもちろん、そもそも自分の人生の大部分を仕事に費やす上に、本人たちもそれが当たり前だと思ってしまっているところがある。また、体調が悪くても、多忙を理由に病院へ行かなかったりします。本来は、仕事よりも健康の方がはるかに大事なのに、それでも働こうとする。これは、社会が男性を雑に扱っているとも言えるし、逆に男性もそうした雑な扱いに慣れている、さらに男性自身が自らを雑に扱っているのではないでしょうか。

――長時間労働を改善するには、現役で働いている人たちがもっと意識していくことが大事でしょうか?

田中:労働基準法では、基本的に1日の就労時間は8時間、週40時間が原則で、それ以外の勤務は時間外労働と書かれています。この原則に立ち返り、今はイレギュラーな働き方をしていると認識してほしいですね。

――仕事に人生のほとんどを費やし、趣味など楽しみものがないという中で定年を迎える人も多いですよね。

田中:定年を迎えた男性へのインタビュー調査の結果、定年後の一番の悩みは喪失感。約40年間、仕事ばかりの生活だったんですから、多くの人は心にポッカリと穴があきますよね。ただ、喪失感というのは時間と共に癒えていきますが、根本的な問題として残るのは暇な時間です。

――平日の昼間に喫茶店に行くと、確かに高齢の方々が暇そうにしている姿を見かけます。

田中:朝から同じ新聞をずっと読んだり、中には1週間前の新聞を読み返している人までいる。つくづく暇なんだなと。そういう人たちは、仕事を中心に一生懸命働くべきだと言われてそうしただけで、その結果がそうした状況ならあまりにもひどいと思いますね。

 だからこそ現役の最中から仕事と適切な距離を取るなど備えておく必要があります。

――他にも現役中からできる準備はありますか?

田中:以前、コラムニストのジェーン・スーさんとの対談の中で、彼女は計画を立てないでいきなり有給を取ってみるとことをすすめていました。そうすると、多くの人はやりたことも、行きたいところも、会える人もいないことに気がつくと思います。

 また、副業もお勧めです。働いている会社では評価が芳しくなくても、副業の会社では高評価を得ることがあるかもしれません。副業を禁止している会社も多いので、それをクリア出来れば、ですね。

 他には友達を作る。働いていると周りには同業者ばかりで、どんどん視野が狭くなりますから、別の角度の見方が出来る友達が良いですね。例えば、結婚していて子供がいる方は、保育園や幼稚園のパパ友。そうなると必然的に仕事も年齢もバラバラになりますし、地元に友達も出来ます。地元ならば、学生時代の友人のように住んでいる場所もバラバラではないので、割と気楽に食事に行けます。

――長時間労働でフルタイムで働く「普通の生き方」や結婚するしないを始め、田中先生は多様な生き方の必要性を指摘されていると思います。海外に目を向けるとどうでしょうか?

田中:日本も現実には多様化しているんです。ただ、僕らのイメージが追いついていない。例えば、最近ではセクシャルマイノリティが認められつつありますし、男は仕事、女は家庭というのも通用しなくなってきている。現実には人種もセクシャリティも多様性が表面に出てきているのに、僕らの常識が変化についていけていない。しかし、外国人や同性愛者に反発が出たりと、今は過渡期なんだと思います。これが多様性を認める方向へ行くのかどうかわかりませんが、僕は人に敬意を払われたいし、他人にも払いたい。お互いに認め合って、大切に扱う方向に進んでくれれば嬉しいですね。

本多カツヒロ (ライター)

最終更新:8/26(金) 12:30

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