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原口、中谷、今成かつては田淵……「捕手」を内外野手で起用し、戦力として活用する阪神

ベースボールチャンネル 8/26(金) 17:00配信

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 24日のDeNA戦で阪神の金本監督は、5番一塁で原口文仁、6番中堅で中谷将大、7番三塁で今成亮太を起用した。

 3人に共通するのは「捕手」だ。現在、原口は捕手登録、残る二人は「捕手から野手」に転向している。

 24日の阪神打線は、8番捕手の坂本誠志郎も含め、4人もの「捕手経験者」をスタメンで起用したことになる。

 ちなみに阪神は、2010年の城島健司を最後に、規定打席に到達した捕手はいない。それ以前にさかのぼっても過去20年、矢野燿大以外に正捕手と言える存在はいなかった。

 ここ数年は、毎年のように捕手をドラフトで獲得するものの、藤井彰人や鶴岡一成といったベテランが先発マスクをかぶる機会が多かった。

 チームの中で正捕手の座を射止めるのは容易ではない。守備の要でもあり、重要な役割を担う。

 そこで捕手として出場機会に恵まれない選手たちに対して、強肩を生かす目的や、打力を生かす目的で、野手にコンバートしたり、内外野手として起用するケースも出てくる。

 たとえば2010年ドラフト3位で福岡大城東高から阪神に入団した中谷将大は、1年目オフに外野手へコンバートされ、今季は過去最多45試合に出場している。

 今季売り出し中の原口文仁は、支配下契約を勝ち取り72試合でマスクをかぶっている。その一方で、今季一塁手として4試合出場している。

北川、今成は阪神に移籍後転向

 もともと阪神は積極的に「捕手」を野手にコンバートさせて、戦力として活用する。

 過去にも、捕手としてはポジション争いに敗れたが、他のポジションにコンバートされて成功した選手が散見される。

 塩谷和彦は神港学園高から92年ドラフト6位で阪神に入団。95年から控え捕手として一軍の試合に出ていたが、98年に三塁手に転向、出場機会が増え、オリックスに移籍後はレギュラー三塁手となる。

 北川博敏は95年、日本大学からドラフト2位で阪神に入団、控え捕手だったが、打撃面が評価され、99年から一塁を守るようになる。近鉄移籍後は主に一塁手や指名打者として起用され、あの「代打逆転満塁優勝決定本塁打」を打つことになる。

 浅井良は2001年法政大学から自由獲得枠で入団。北川同様、控え捕手から07年外野に転向し、代打、守備固めとして活躍した。

 現役では狩野恵輔も捕手出身だ。2000年ドラフト3位で前橋工から阪神へ入団。長く矢野の控え捕手に甘んじていたが、2009年には自己最多127試合に出場した。しかし翌年城島健司が入団すると外野に転向。今は代打の切り札となった。

 今成亮太は2005年高校ドラフト4巡目で浦和学院高から北海道日本ハムファイターズへ入団。捕手としては芽が出ず、2012年4月に阪神へトレード。阪神では12年、36試合でマスクをかぶった。現在は三塁手として活躍している(今季は1試合マスクをかぶった)。

 はるか昔をさかのぼれば阪神は、和田徹、田淵幸一など大物捕手を他のポジションにコンバートして、成功させた事例がある。

ベースボールチャンネル編集部

最終更新:8/26(金) 17:00

ベースボールチャンネル

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