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東京発信のオルタナティヴ・ロック、THIS IS JAPANのダイナミズムと新しさ

リアルサウンド 8/27(土) 13:00配信

オルタナは、地方で生き続けるのだと思っていた。戻るべき場所に戻っていくのだと。

 音楽シーンの主流はいつだって都会にある。正確にいえば、仕掛けるレコード会社が都市にあり、その道で輝きたいと願う者たちが全国から集まってくるわけだが。そして、そういう大きな成功に興味がない、売れ線のルールに則りたくない、好き勝手やるほうが全然いいという人たちが独立独歩で奏でる音楽を「主流に対する傍流=オルタナティヴ」と呼んだわけだ。

 そこに光が当たったのは90年代。筆頭株はニルヴァーナだが、彼らがシアトル出身だったことも重要だ。N.YでもL.Aでもない地方都市で生まれ、都会を目指そうともしなかった若者たちの音が、時代の偶然により一気に脚光を浴びた。彼らをパンクだと絶賛する声に対し、N.Yのラモーンズが「シアトルなんかにパンクがあるわけがない!」と怒ったというのは興味深い話だ。時代を変えるムーヴメントはいつだって都市から発信されていたのだから。

 だが90年代は地方のオルタナティヴが音楽業界の常識をひっくり返した。奇跡みたいな出来事だ。シアトルのニルヴァーナに始まり、ワシントンD.C.のフガジまでが注目されたように、日本でも、北海道のブッチャーズやeastern youth、京都のくるり、福岡のナンバーガールなどが脚光を浴び始める。特にナンバーガールは鮮烈だった。すでにオルタナが「売れないもの」ではなくなった時期であり、メジャーのレコード会社も全力でプッシュ。堂々とロックのメインストリームに切り込んで行けた。今では珍しくも何ともないが、「フロントマンが眼鏡」で「誰もオシャレしていない普段着」というビジュアルは、当時、相当なインパクトを放っていたのだった。

 ただ、やはり奇跡は続かない。00年代に登場したlostageやOGRE YOU ASSHOLEなどが、一時期はメジャー進出したものの、地元に定住という選択をし、結局メジャーの世界から離れて自由な活動をしているのも、オルタナ自体がもう「売れるもの」ではなくなっていた証拠だろう。残念だと思う反面、本来そういうものだと納得する自分もいる。今は苫小牧にNot Wonkがいて、大阪には空きっ腹に酒などがいる。みんな自由で楽しそうで、ショービズなんて関係なし。それが本来このシーンのあるべき姿なのだろう。


長くなったが、本題。8月20日に下北沢シェルターでTHIS IS JAPANのライブを見た。

 暗転と同時に鳴ったSEはフガジの「Waiting Room」。90年代リアルタイム世代にとっては「ベタ」とも言える選曲だが、彼らは26~28歳のバンドである。「なんでフガジ?」の好奇心が一気に膨らんでくる。メンバーの佇まいも、なんというか、今風とは少々ズレている。絶妙な長さでスタイリングされたマッシュボブではなくて、放置して伸びすぎた前髪を自分で切り落としました、イビツだけどどうでもいいや、みたいな感じ。一言でいうなら、無骨だ。

 音はさらにイビツ。THIS IS JAPANは作曲者およびフロントマンが二人いるのが特徴だが、透明な歌声のkoyabin(Vo&G)と、ざらついた声で叫ぶ杉森ジャック(Vo&G)とでは方向性がずいぶん違う。ギタープレイも然りで、「このリフにそんなフレーズ当てるの?」「シンプルなメロディで聴かせると思ったら突然ノイズ?」みたいな、合っているのか合っていないのかわからない展開が次々と飛び出してくる。うなる不協和音。調和を切り裂くエレキギター。ヒリヒリした爆音のぶつかり合いと、それをまだスッキリと整理できていないむさ苦しさ。ドキドキした。何年ぶりかわからないこの感覚は、ナンバーガールの登場時に限りなく近い。

 違いがあるとすれば、「どこまでもソリッド!」に徹していたギタリスト・田渕ひさ子のポジションに、もっとロマンティックな情緒があることか。一曲目の「GALAXY」で先にボーカルを取るのはkoyabinだが、彼のメロディと歌声は、繊細さや切なさ、優しさや憂いなどを表現していくものだ。UKロック的と言ってもいい。そしてBメロから歌を引き継ぐ杉森は、ざらついた攻撃性と剥き出しの熱量を叩きつける、いわばUSオルタナ/初期エモの流れを汲むシンガー。この二人がサビでハーモニーを聴かせることで、歌は大きく膨らみ、どこかポップな親和性が生まれてくる。これはTHIS IS JAPANだけの個性であり強みだろう。

 「最初はナンバーガールで、そこからピクシーズ、フガジ、キャップン・ジャズあたりに影響を受けた」と杉森ジャック。対してkoyabinは「どちらかといえばUKニューウェイヴ。エコバニ、ジャパンとデヴィッド・シルヴィアン、ラブ・アンド・ロケッツなど」がルーツらしい。まったく、洋楽離れの世代においては絶滅危惧種のような感性だ。ゆえに、大学在学中に結成した2011年から現在まで、とにかく対バンに困ってきたことは想像に難くない。どこに行っても4つ打ちのダンスロック。BPMを上げ続ける同世代バンドの中で、彼らはこんなにも無骨なディストーションを鳴らしていたのかと笑い出したくなる。だが、5年間ずっと妥協はしなかった。ナンバーガールの名前が実際に出てくる「Super Enugh, HyperYoung」では〈手拍子なんていらないよ ラストシーンはいつか憧れたヒーロー〉と歌い、挙句、「カンタンなビートにしなきゃ踊れないのか」と真正面から挑発するタイトルの曲まで作ってしまう。あぁ、これが東京のバンドだと強く思う。

 地方都市のオルタナティヴは、よくも悪くも「売れる方法」や「ジャンルのマナー」をまったく知らないことで、勘違い的に面白くなることが多い。またバンド人口が少ないぶん対バンが同じになりがちで、飽きを回避するためにも「あいつらをいかに出し抜くか」と切磋琢磨しあい、結果的に奇妙なオリジナルが生まれるケースもある。無意識的にオルタナが育ちやすい土壌なのだ。

 しかし東京で結成されたTHIS IS JAPANは、ダンスロック・ブームの中で意識的にオルタナを選びとり、孤立無援の状態でさらに強い自我を育てていく。そうせざるを得ないくらい、都内のライブハウスは4つ打ちで溢れ返っていたのだ。無意識でも天然でもない、叩き上げのオルタナティヴ・ロック。ナンバーガールがきっかけならシーンのド真ん中に切り込んでいく覚悟は当然備わっているだろう。もちろん知名度や人気はまだまだのレベルだが、「ここで終わるわけねぇだろ」というギラついた野心は、杉森の声と唱法と目つきから痛いくらいに伝わってきた。いや、笑えるくらいに、と言ったほうがいいか。私はこんなバンドをずっと待っていたのだ。

 なお、このライブは、今月3日に発売された新作、2枚目の全国流通盤となる『DISTORTION』の発売記念アウトストア・イベント。今までのひねくれすぎたアレンジを排し、より生々しくストレートな衝動を閉じ込めたCDの帯には「ストイック×シリアス×コミカル×ロマンス×エモーショナル×オルタナティブ=THIS IS JAPAN」という手書きの文字がある。異論なし。東京発信の、主流とは異なるダイナミズムの塊。戻るべき場所なんて最初からないのだから、ここからシーンをひっくり返していくしかないだろう。

石井恵梨子

最終更新:8/30(火) 13:08

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