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和泉式部もグッときた「直衣のまま彼が来た」 平安時代の愛情表現は服装で

Book Bang 8/28(日) 6:00配信

 平安文学を読んでいると、服装に関する記述でつまずくことがしばしばあります。袙? 袿? 唐衣? 裳? ……と、数多ある装束の名前が何を意味するのかを知ったとしても、現代の服装とあまりに違うためにリアルにイメージすることはなかなか困難。「紅梅」とあっても、これは色の名なのか、襲の色目の名なのか……? と、頭の中に「?」がいっぱいになるのです。

 だというのに、服装に関する記述が多いのが、平安文学。把握するのが面倒になって、つい読み飛ばしてしまうこともしばしばなのでした。

 平安文学の作者は、必要があるからこそ、登場人物の服装について詳しく記しているわけです。その人は、どのような気持ちでそこにいるのか。その場にふさわしい格好をしているのか。服装を記すことによって、そんな心理も表しているのですから。

 服装は、着ている者の「こうありたい」「こう見られたい」という意識を表現する、一種の言語でもあります。『装いの王朝文化』は、いわば平安期の服飾言語を、現代語に翻訳しようとする書なのでした。

 現代でも、異性にモテたい人の服装と、仕事で信頼されたい人の服装はおのずと違ってくるわけで、服装が言語的な働きをすることは平安時代と一緒です。が、千年前と現代とで最も異なるのは、そこに身分制度が存在するか否かということでしょう。

 今の時代に生きる我々は、服装に経済力の差が表れることはあれど、身分の差が表れることはありません。対して平安時代には、はっきりとした身分の違いがありました。身分の高い人ほどゴージャスな格好をしているわけではありません。自分よりも身分が高い人の前に出る時は、高位の人に失礼にならないよう格式の高い服装をしなくてはならなかったりと、その表出方法は様々。フラットな世に生きる私たちにとっては、やっかいなことこの上ないのです。

 平安期の服飾言語を読み解く試みが面白いのは、このように複雑なルールが存在していたからです。たとえば、光源氏であれ誰であれ、恋をする男はしばしば身をやつして、すなわちカジュアルにドレスダウンして女性を訪れたことが、本書には記されています。そしてその「やつす」という行為の背景にも、身分や距離などが絡み合い、様々な意味が存在する。昼間は立派な格好をしている人がくだけた服装でやってきただけでも、グッとくる女性は多かったはずです。

 また『和泉式部日記』において、和泉式部のもとに帥宮が訪れた時の服装も、本書では読み解かれています。その時、帥宮はとても柔らかな直衣を着ていたのですが、今で言うならスーツ的な衣服である直衣を着たままでやってきたということは、和泉式部にとっては「残業帰りの彼が、スーツを着替えようともせずに、そのまま私のところに来てくれた」という意味。つまり直衣のまま来たということが、愛情表現になっているのです。

 平安期の服飾言語が、このように著者によって翻訳されると、今まで読み飛ばしがちであった服飾に関する表現が、俄然鮮やかな色合いを帯びてきます。短パンからドレスまで、いつ何を着てもよい現代と違って、あの時代の人々が身につけることができるものは、時と場合によってほぼ決まっていました。服飾を言語とするならば、使用できる単語の数は非常に少なかったのです。

 しかしだからこそ、何を身につけるかということが、そして決まりからほんのすこし逸脱することが、着る人の内面を雄弁に語ったのでしょう。特に、異性に顔を見せる機会が極端に少なかった女性の場合、着るものはそのまま、存在の主張ともなりました。服装で人を判断してはいけないと今は言いますが、しかし服装で判断するしかなかった時代の「判断法」は、案外正しいような気もするのでした。

 ◇角川選書◇

[レビュアー] 酒井順子(エッセイスト)
※「本の旅人」2016年8月号 掲載

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最終更新:8/28(日) 6:00

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