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あのマラソン金メダリストも「幻のハリマヤシューズ」を愛用していた

webスポルティーバ 8/28(日) 17:40配信

短期連載~消えたハリマヤシューズを探して(4)

 多くの感動のなか閉幕したリオ五輪。それよりはるか昔、1912年のストックホルム五輪に出場するため、駆け足自慢の学生・金栗四三(かなぐり しそう)と東京・大塚の足袋屋「ハリマヤ」の職人・黒坂辛作(くろさか しんさく)は、創意工夫を重ねてマラソン用の足袋を作り上げる。それは、足袋屋がスポーツシューズの世界に打って出るベストセラー小説『陸王』(池井戸潤・著)さながらのチャレンジだった。

【写真】ハリマヤシューズの原点となったマラソン用の足袋

 ストックホルム五輪のマラソンで完走できなかった苦い経験から、帰国後の金栗は辛作とともにマラソン足袋の改良にとりかかり、その努力はハリマヤの「金栗足袋」へと結実する。そして同時に金栗が立てたもうひとつの誓いがあった。それは、世界に通用するマラソン選手を育成することだった──。

■今や国民的イベントの「箱根駅伝」を発案した男■

 長距離ランナーは孤独との闘いだ。走るというシンプルゆえに奥深い競技の魅力を人々に伝えることは難しい。個人競技が面白味に欠けるならば、タスキをつなぐ継走にしたらどうだろうか。金栗は一度に多くの長距離ランナーを育成する上でも駅伝競走がいいと考えた。

「長距離走をチーム競技に仕立てて、各大学に競り合わせてみたらどうだろう。対抗意識が生まれれば各校とも力の入れようが違うし、選手もはっきりした自分の責任が生じて、練習のつらさも克服できるだろう」

 駅伝は山上りや山下りなど、区間によって自分の走りの特性が生かせる。駅伝チームを組むには人数が必要だし、団体競技の面白さも加わることで、ランナーの量と質を高めることができるのではないか。ランナーが無名でも大学対抗戦にすれば沿道には応援する人々が詰めかけて、陸上競技の普及にもつながるはずだ。

 こうした発想力に、金栗のたぐいまれな先見性が伺える。

 金栗は、東京箱根間往復大学駅伝競走、いわゆる「箱根駅伝」の企画を報知新聞社に持ち込んだ。しかも金栗は、この箱根駅伝を「アメリカ大陸横断駅伝」の予選会にしようとしていた。

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最終更新:8/28(日) 17:40

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