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介護者残業免除や女性活躍推進法よりも、厚労省がやるべきこと --- 筒井 冨美

アゴラ 8/29(月) 16:30配信

知人の大学病院幹部が頭を抱えていた。40代の働き盛りの男性医師が辞表を出したらしい。麻酔科では今年に入って3人目の辞職らしく、全国的な麻酔科医不足の中で補充の目処はない。「家族の介護」が理由である。

看護師は圧倒的に女性の比率が高く、なおかつ資格職のため流動性は医師よりもさらに高い。初就職した病院で、定年まで在職することは稀で、どんな優良病院でもスタッフの入替は必発である。辞職の理由は「上司のパワハラ」「サービス残業が多すぎ」「別の病院からスカウトされた」…様々だが、転職後も同業種で働く以上、マトモな社会人ならば「結婚・妊娠・出産」「健康上の理由」「家族の介護」といった無難な理由を(少なくとも表向きには)掲げることが多い。パワハラやサービス残業に悩んでいても、裁判やら労働基準監督署に訴えてガチで闘うよりも、よりよい転職先を見つけてサクッと抜け出した方が速く解決するし(特に有能な人材ならば)。

という訳で、「病気も妊娠もしていないが、無難に転職したい」人材の辞職理由として「介護」は使える口実である。「祖母の介護を理由に辞職(両親は壮健)」「妻の母の介護を理由に辞職(妻は専業主婦)」「親の介護を理由に辞職したが、実家からさらに遠い病院に転職」というような怪しげな介護離職が、世間には溢れている。辞表を受け取る上司としても、なにか感じるものはあっても「教授のパワハラ」「大学病院のブラック労働で過労死寸前」なんて騒がれるぐらいならば、「(祖母の)介護で辞職」ということで処理した方がマシなのだ。

「介護離職ゼロ」がアベノミクス新3本の矢で謳われたのを受けて、家族の介護をしている労働者の残業免除を、厚労省は企業に義務づける(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160812-OYTET50019/)そうだ。しかしながら「さすが厚労省」「これで老後は安心」「ブラック企業が減る」という意見は、残念ながら皆無である。残念ながら、「公務員と大企業しかムリ」「周囲や下請けのサービス残業が増えるだけ」「厚労省が『仕事してますよ!』というアリバイ作りだろ」…という冷ややかな意見しか聞かれない。女性活躍推進法にも共通する反応である。

そもそも「統計上の介護離職」と「本気で介護したいための離職」には相当の差があると推測される。表面的な統計データのみを見て「介護離職ゼロ」とか「介護者の残業免除」という政策や省令を本気で検討している現状にはタメ息をつかざるをえない。お見合いで断られたときの常套句「いい人すぎで私には勿体ない」を本気にして、「私はハイスペックすぎて、言い寄る男がビビっちゃうの~」と言う婚活女子…に近いイタさを感じる。

育児中・介護中など特定の職員の残業を禁じても、仕事の総量は変わらず、単に同僚のサービス残業を増やすだけに終わるだろう。女性活躍推進法で義務付けされた「行動計画の策定・届出・周知・公表」(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000091025.html)なんて、現場のサービス残業を増やして、ただでさえ少ない日本人の余暇をさらに減らす行為にしか思えない。

映画「シンゴジラ」の対策本部に大量のコピー機が登場したように、日本の役所は今なお紙ベースで動いている。「働き方改革」として手始めに厚労省がやるべきは、自らの業務を見直して、今なお漫然と続く「返信用封筒を添えて書類を送付」「間違いには訂正印を押して返送」「平日昼間に役所に呼出」といった業務をWebベースに移行して、日本人の仕事の総量を減らすことではないか。

公立認可園の待機児童問題も解決困難ならば、せめて書類をインターネット化して、一次審査だけでもサクッとWeb上で行って欲しい。平日昼間の面接に呼び出しは合格可能性のある家庭に限定して、不合格家庭は次の対策を打てるようにメールで迅速に知らせてほしいのだ。すべての候補者に山のような書類を手書きで書かせて郵送させて、赤ちゃんを抱えて働く母親に平日昼間の保育園の見学やら面接を義務化し、結論は数か月後に郵送…という現在のシステムは、保育園職員にとっても園児家族にとっても、誰も得をしないシステムだと思う。とりあえず「働き方改革」は、ここらへんから手を付けてみてはどうだろうか。


1966年生まれ。フリーランス麻酔科医。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、2012年から、「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力に携わる。近著に「フリーランス女医が教える 「名医」と「迷医」の見分け方」(http://goo.gl/isJKyz)。

筒井 冨美

最終更新:8/29(月) 16:30

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