ここから本文です

混乱の出光~政府の産業統制はうまく機能するのか?

JBpress 8/29(月) 6:15配信

 石油元売り大手の出光興産と昭和シェル石油の合併をめぐる、出光経営陣と創業家の争いがヒートアップしている。

 今のところ双方が譲る気配はまったくないが、ここまで事態がこじれたのは、両社の社風があまりにも違いすぎることに加え、合併話そのものが、政府からの要請という少々不自然な形でスタートしたからである。同社をめぐる混乱は、政府の産業政策をめぐる根本的な課題を浮き彫りにしたともいえそうだ。

■ 日本型経営の典型である出光

 出光興産と昭和シェル石油は2015年11月、合併に関する基本合意に達しており、2017年4月の合併期日に向け具体的な協議を進めようとしていた。状況が大きく変わったのは、今年6月に開催された出光興産の株主総会からである。出光の創業家は総会において、昭和シェル石油との合併に反対する方針であることを表明し、同社は大混乱に陥った。7月以降、創業家と経営陣が話し合いを続けてきたものの、議論は平行線のままとなっている。

 8月に入って創業家側はさらに攻勢を強めている。買収相手である昭和シェル石油の株式40万株を市場で買い付け、昭和シェル石油の株主にも名を連ねたからである。このままでは出光側が取得する昭和シェルの株式数が全体の3割を超えるため、公開買付以外に合併の道が閉ざされてしまうという仕組みだ。これは創業家側が絶対に合併を認めないという姿勢を強調したと捉えてよいだろう。

 では、出光創業家はなぜここまで頑なに合併に反対しているのだろうか。それは同社の社風と、これまで同社がたどってきた経緯が大きく関係している。

 出光興産は創業者の出光左三が1911年(明治44年)に設立した出光商会を前身としており、現在でも創業家が株式の約34%を所有する典型的なオーナー企業である。佐三は「大家族主義」を掲げており、社員は家族のように付き合うことをモットーとした。このため同社には定年制度がなく、労働組合も存在していなかった。出勤簿もない代わりに残業代を支払うという概念すらなかったといわれる。よくも悪くも日本型経営の典型ともいえる企業だったのである。

 当然のことながら外国企業による買収などもってのほかであり、外部からの干渉を防ぐため、以前は株式の上場すらしていなかった。だが80年代のバブル期に過剰な設備投資に邁進。バブル崩壊後は、有利子負債が2兆円を越え経営危機が囁かれるようになった。

 こうした状況を打開するため上場が模索されるようになり、2006年に同社は株式を上場。定年や残業など各種規定も整備されたが、家族主義的な体質はその後も続いた。ちなみに石油業界では出光のような国内資本をベースにしたグループのことを民族系と呼んでいる。

■ 水と油の合併を要請した経済産業省

 一方、昭和シェル石油はシェルという名前からも分かるように外資系企業である。同社の筆頭株主はザ・シェル・ペトロリウム・カンパニー・リミテッド、第2位の株主はアラムコ・オーバーシーズ・カンパニー・ピー・ヴィとなっている。両社はロイヤル・ダッチ・シェル・グループの関連会社とサウジアラビアの国営石油企業の関連会社であり、同社の経営は国際的な石油メジャーにがっちりとグリップされた状況にある。

 家族主義を掲げ日本型経営を追求してきた出光と、典型的な外資系企業である昭和シェルが合併するというシナリオは通常では考えられない。水と油ともいうべき両社が合併を協議するきっかけとなったのは、政府による合併要請である。今回の騒動の根底には政府による民間への経営介入という問題があり、これが状況をややこしくしているのだ。

1/3ページ

最終更新:8/29(月) 6:15

JBpress

記事提供社からのご案内(外部サイト)

JBpress PremiumはJBp
ressが提供する有料会員サービスです。
新たな機能や特典を次々ご提供する“進化
するコンテンツ・サービス”を目指します。

Yahoo!ニュースからのお知らせ

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。