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クーデターの主犯とされる「ギュレン運動(トルコのイスラーム)」が生まれた歴史的背景とは?[橘玲の世界投資見聞録]

ダイヤモンド・ザイ 8/29(月) 16:45配信

 トルコでは、クーデター未遂事件の「主犯」とされたギュレン運動支持者の粛清が進んでいる。だがそもそも日本では、「ギュレン運動とは何か? 」という基本的なことを誰も説明してくれないので、日々の報道に接しても「トルコでなにか大変なことが起きている」ということしかわからない。そこで前回は、トルコ近代史を専門にする新井政美氏の『イスラムと近代化』(講談社選書メチエ)に依拠しながら、ギュレン運動が「トルコのイスラーム」であることを見てきた。

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トルコには3つイスラームがある

 「イスラームはひとつのウンマ(共同体)」というのが原理主義的な立場だが、トルコのひとたちからすると、実は3つのイスラームがある。アラブのイスラーム、イランのイスラーム、そしてトルコのイスラームだ。

 ムハンマドがアラビア語で神の言葉(クルアーン)を語ったように、アラブ起源のイスラームの宗教的伝統はトルコでも尊重されている。だがその一方で、昨今ではIS(イスラム国)のテロやイラク、シリアの国家崩壊をはじめとして、あらゆる暴力と混沌はアラブからやってくる。それを目の当たりのしたトルコのひとびとが、「自分たちはあいつらとはちがう」と考えるようになるのは自然だ。

 1979年に隣国イランの王政(パフラヴィー朝)が崩壊し、法学者ホメイニーが指導しシャリーア(イスラーム法)を国法とするイスラーム国家が誕生した。これが世界に衝撃を与えたイラン革命だが、その影響はトルコにおいてより大きかった。その後、イランが「神政国家」化し、核開発疑惑で欧米からきびしい経済制裁を課され、豊富なエネルギー資源を持ちながらも国民が窮屈で貧しい生活を送らざるを得ないのを見て、90年代のグローバル化で急速にゆたかになったトルコのひとたちは、保守的なムスリムも含め、「あんなふうになるのは真っ平だ」と思うようになった。

 こうして、“遅れた”アラブのイスラームでもなく、“カルト化した”イランのイスラームでもない、“開明的”で“世俗的”なトルコのイスラームという新しい宗教観が生まれてくる。それを実践するのがギュレン運動で、創始者であるフェトゥフッラ・ギュレンは、トルコ民族主義とイスラームを融合させただけでなく、“無尽蔵の知恵の源泉”であるクルアーンの「政治利用」はアッラーへの冒とくだとして、キリスト教の聖俗分離と同じ世俗主義を唱えた。

 ギュレンは自らの思想を広めるにあたって教育とメディアを重視し、トルコ各地に多数の高校、大学予備コース、7つの大学をつくり、テレビ局、ラジオ局、新聞社を次々と設立したが、その影響力の大きさはまず世俗派の軍部などに警戒され、ギュレン自身は1999年にアメリカへの亡命を余儀なくされた。その後、公正発展党を率いるエルドアンが権力を掌握すると、かつて盟友だった両者(エルドアンはギュレン運動の支援を受けて選挙に勝ち、首相在任中、米国のギュレンを訪問している)は急速に敵対関係に変わっていく。

 だがこれは、政治的なイデオロギー対立ではない。エルドアン自身がイスタンブールの導師・説教師養成学校高等部を卒業した敬虔なムスリムで、オスマン帝国(オスマントルコ)の栄光を担うトルコ民族主義者であり、かつデモクラシーの下で民衆の支持を権力の源泉とする(世俗主義の)ポピュリストでもあるからだ。ギュレンとエルドアンは支持層が完全に重なっており、用意された椅子はひとつしかないからこそ、徹底した粛清が引き起こされたのだろう。

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最終更新:8/29(月) 16:45

ダイヤモンド・ザイ

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