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高級老人ホームで家族団欒ある一方、自宅介護で妻ノイローゼ

NEWS ポストセブン 8/31(水) 16:00配信

 ますます二極化する老後と死に方。穏やかに死ぬためには、家族との関係が良くあることも大切だ。

 在宅で介護サービスを利用すれば、費用を抑えることができるが、その分同居する家族の負担は増える。都内で開業する在宅医の話。

「少子高齢化によって、家族のなかでの介護・看護の担い手が減り、一人の負担が大きくなっています。親を介護するため、働き盛りの子供がやむなく会社を辞め、在宅ケアに専念する例も増えていますが、そうすると世帯は経済的にさらに不安定になる。

 また、不慣れなだけに家族が中心となると、介護する側にも介護される側にもストレスが溜まります。心に余裕を持てなくなり、介護される側が家族にあたり散らしてしまってケンカになるケースも多く、介護する側は“何のための苦労なのか”と自問自答するようになっていきます」

 介護アドバイザーの横井孝治氏は、自身が父親を在宅で介護した経験をこう振り返る。

「3年ほど自宅で介護したのですが、それが限界でした。父は味噌汁が好きで、ガスを使わせると危ないから電気ポットとレトルトの味噌汁の素を渡していたんです。ところが、今度は電気ポットに直接味噌汁の素を投入してスイッチを入れ、ボヤを出してしまった。そんなことが2度も続いて、もう無理だなと自宅介護を諦めました」

 横井氏の父親はその後、いくつかの施設を経て特養に入ることができたというが、特養に空きが出るよりも先に家族関係に大きくヒビが入ってしまうこともある。東京郊外で息子夫婦と同居していた75歳の女性Sさんのケースはこうだ──。

 Sさんは70歳を過ぎた頃から物忘れが激しくなり、1年ほどで認知症の診断を受け、要介護1となった。もともときれい好きな女性だったのが、掃除洗濯をまったくやらなくなった。とはいえ、食事を用意すれば自分で食べるし、促せば一人で入浴もできる状態だった。

 家族はケアマネと話し合って「特養に入居を申し込める要介護3までは在宅でケアする」ことに決め、自宅介護がスタート。主な介護の担い手は同居する息子の妻だった。

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最終更新:8/31(水) 16:00

NEWS ポストセブン

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