ここから本文です

高畑淳子の会見で噴出する親の責任論、識者はどう考えるか?

女性自身 8/31(水) 6:01配信

息子の逮捕を受けて、8月26日に母親として謝罪会見に臨んだ高畑淳子(61)。そんな高畑に対する“親の責任”が世間で問われている。特に高畑母子の場合は、同じ芸能界に身を置いていただけに、高畑に対する厳しい声が聞こえてきた。

 責任の一端として、高畑の裕太容疑者(22)への“溺愛”を指摘するのは、漫画家の倉田真由美さんだ。

「私も男の子の親なのでわかりますが、高畑さんは本当に辛いと思います。ただ母親が息子を猫かわいがりしていたのは、見ているだけでわかりました。一般の成人した息子に対するよりも密な感じで、普通はあんなふうに人前で母と息子が顔をくっつけたりしません。 母親に甘やかされて育ったことが、事件の一因になったのではないでしょうか」

同じく息子を持つ漫画家のヤマザキマリさんも、高畑の愛情過多を見て取る。

「大好きな女優さんなので、今回の事件はショックです。会見を見た限りでは、高畑さんの息子に対する溺愛が、いきすぎなところがあったのではないかと思いました。もちろん、親は誰でも子供のことが命に代えられないくらい愛しい存在です。しかし、息子は母親の“過剰な愛情”が負担だったのかもしれません。現に俳優として活躍する姿を喜ぶ母親に、息子は感謝どころか“犯罪”という形で裏切っています。女優である母を大きく傷つける結果になるのは、わかっていたはずなのに……」

 母子が“共依存”の関係に陥っていたのではと分析するのは、心療内科医の斧澤克乃さんだ。

「高畑さんはシングルマザーですが、その場合、どうしても周囲の目も厳しく、子供が問題行動を起こすと“両親が揃っていないからだ”と偏見の目で見られてしまう。だから高畑さんは“自分の子育ては間違っていない”“自分は子育てをがんばっている”と正当化したくて、必要以上に息子の世話を焼いていたのかもしれません。息子は息子で、自分が何かしでかしても母がなんとかしてくれるという甘えがあったのかもしれない。だから、いわゆる“共依存”の関係に陥っていたのではないでしょうか」

 子離れに失敗した高畑は、裕太容疑者が成人しても自分の所有物のように考えていたのではと語るのは、東京大学東洋文化研究所の安冨歩教授。

「高畑さんのケースは、母子で率直に語り合えるほど濃い親子関係に見えますが、そんな場合、母親は子供を自分の所有物だと思いがちです。高畑さんは息子を一人前の俳優にしたくて、自ら売り込みをしていたそうですから、息子を自分のモノだと思っていたのでは。母親の期待に応え、彼は芸能界でも売れっ子になりつつありました。母親の思い通りになる『よい息子』だったのです。しかし彼はそれで幸せだったのか?母親の所有物のように扱われて、息苦しかった可能性もあります。事件を起こせば、芸能界では生きられなくなり母親の望むような“よい息子”像は壊れてしまう。裕太容疑者は、無意識のうちに母親との関係を壊したかったのかもしれません」

 いっぽう、高畑は母親としての責任をどう果たしていくのだろうか。漫画家のやくみつるさんは、母親として責任を果たすために今後、高畑は仕事を選ぶべきだという。

「すでに決まっている舞台については降板せずに『みなさんに演技を見せるのが私の贖罪だと思っています』と話していましたが、私もそれでいいと思います。ただテレビは別です。被害者感情を考えた場合、息子と顔が似ている高畑さんをテレビで見ると瞬間的に“あの母親だ!”となってしまうでしょう。そう考えると、テレビ出演は厳しいのでは。被害者はこれから後遺症に悩まされ、もう復職できないかもしれません。そう考えたらそれなりの額の賠償金を払うべきですが、おそらく裕太容疑者には無理でしょう。結局、高畑さんがこれからも尻拭いをしていくことになるのでは」

 自慢の息子に、いきなり地獄に突き落とされた高畑。“溺愛”の代償は大きい。倉田さんは“母性”が母の責任をまっとうさせると語る。

「親がしたことで子供が責任を取る必要はないでしょうけど、子供がしでかしたなら親の責任はありますよね。罪を軽くするというのではなく、いつまでも待っているからというのが親子関係。夫婦は他人だけど、息子は血がつながっていますからね」

最終更新:8/31(水) 6:01

女性自身

記事提供社からのご案内(外部サイト)

女性自身

光文社

2717号・2月23日発売
毎週火曜日発売

定価400円(税込)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。