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ドキュメント|BOOM BOOM SATELLITES:26年間の軌跡【後編】

ローリングストーン日本版 8/31(水) 19:10配信

ローリングストーン日本版2016年8月号掲載
BOOM BOOM SATELLITES 妥協なき創作から生まれる"時間芸術"【後編】

【前編】ドキュメント|BOOM BOOM SATELLITES:26年間の軌跡

【5章】ライヴ

サポート・ドラマーの福田洋子は2009年からドラムを叩いている。「中野さんが、2008年くらいから私がやっていたバンドのライヴに足しげく通ってくれて。大丈夫かな?っていう確認をたぶんしていたんだと思います(笑)」と福田が振り返る。そしてある時、中野は福田にこう言ったという。「ウチ(BBS)来るか?」と。そうして福田はBBSのサポート・ドラマーとして迎え入れられた。当時、福田はまだ十分なキャリアがなかったが、中野は根気強く、福田をドラマーとして、音楽人として育てた。音楽に対する考え方に始まり、楽器選びから、チューニングから、ヘッドの素材選びについてまで教えたという。「あとは、筋力についても。ジムに通うように言われました」と懐かしそうに語る。

福田は加入後、すぐにサマーソニックのマリン・ステージというビッグステージを経験することになる。そのライヴを、真保はこう振り返った。「それが洋子ちゃんにとって2回目のBBSのステージだったんですけど、当り前ですが、今ほど出来はよくなくて。大きなライヴを落としたなぁって。終演後の楽屋ではパイプ椅子が飛んでましたねぇ(苦笑)」。福田にも、その時のことを聞いてみた。「椅子は、私のところには飛んでこないです。ほぼ川島さんにとばっちりがいってました、私のせいで(笑)」

運命共同体って感じかな

福田はそこから、黙々と身体を鍛えた。頑張れ、という励ましの言葉は中野からはなかったが、諦めなかった福田を忍耐強く育て続けた。そして、2年ほどして福田が結果を出す。ある日、中野が求めていたライヴに到達できたのだ。終演後、中野はただ「今日はよかったね」とだけ言ったという。もっと褒めてもよさそうだが、そう思うのは部外者だから。本人は5年前の、そのたった一言を覚えていて、嬉しそうに話してくれた。

福田はBBSのサポート・ドラマーの経験をこう振り返った。「毎回一滴残らずエネルギーを注ぎ込むのは、大変だけど本質的だなって。でも、こうならないと気づかなかったと思います」

そして、2人についても聞いてみた。「不思議な関係です。すごい喧嘩をして、次の瞬間めっちゃ仲いいみたいな(笑)。音楽のことでは喧嘩するけど、他ではキャッキャしてる。なんですかねぇ・・・運命共同体って感じかな」

"中野と川島は不思議な関係"と、真保も同じことを言っていた。

「すごい不思議ですよ。家族よりも家族と感じることもありますし、仲が悪いのかよいのかは、今でもよくわからないし(笑)。でも、不思議なことに、例えばCDジャケットの写真を選ぶにしても、物販の色の確認にしても、別々にやっても必ず同じものを選びますから。きっと目指しているものが一緒なんだな、と思って」

さらに、そんな2人の関係性がわかるエピソードとして、2013年5月3日の武道館ライヴの時の話をしてくれた。

「武道館ライヴは、3度目の発症の脳腫瘍の手術をした3カ月後だったんです。1月に開頭手術をして、2~4月の3カ月でリハビリとリハーサルして、5月3日がライヴ当日でした。しかも、初めての武道館。川島も、退院はしたものの、かなり体力が落ちていて。そんな川島に対して、中野は"なんだおまえ、まだ死んでねぇんだから早く立ち上がれ"みたいなことを平気で言うんです。でも、あのスパルタな1~2カ月がなかったら、今のペースで復帰できてなかったと思います。やっぱり、ご家族だと"大丈夫?"って気遣われると思うので。中野は、川島君に対しても最後まで諦めなかったから、ここまで来れたんだと思います」

ちなみに、川島は2月の開頭手術を含む3度の手術で、脳のおよそ2割を摘出している。

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最終更新:8/31(水) 19:10

ローリングストーン日本版

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