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まとってしまった鎧を脱ぎ捨てるために。あなたを抑圧から解き放つ、やさしい物語 『幸福なハダカ』 (森美樹 著)

本の話WEB 9/1(木) 12:00配信

「ありふれた主婦の姿を書きたい」と、しばらく休んでいた執筆活動を再開させたのは2013年のことだった。作家としての自信を失っていたのが嘘のように、物語が溢れてきたという。その作品が見事、「R-18文学賞」読者賞を射止めたのを皮切りに続けて5作の短篇を仕上げ、昨年、連作短篇集『主婦病』を刊行した。女たちの秘めた思いに奥深く入り込んだ作風で、大きな話題を呼んだ。『幸福なハダカ』はその勢いに乗って書かれた長篇小説だ。

「登場するのは主婦ばかりではありませんが、今度も自分のことを抑圧してきた女性たちの物語ではあります。前作と違うのは、朔也(さくや)というひとりの男性がその特異な個性と人生観で、女性たちを解放していくことでしょうか」

 この男性、朔也こそ、森さんに本作を書かせたキーマンでもある。朔也のモデルとなった男性に出会い、彼が何気なく言った「俺、ハダカの写真を撮ってるんだ」という一言を聞いた瞬間、カメラの向こうで自らの服を脱ぎ捨てていく女性たちの姿が目に浮かんだのだという。

「彼によってインスピレーションを与えられましたが、想像力を狭めてしまうので、その後はあえて彼には会わず、取材をすることも一切ありませんでした。そういう意味では、朔也という人物はリアルでありながら、私にとってもファンタジーなのかもしれません」

 作中の朔也は、6歳の男児同様の身長、体重で、その体形を生かし役者の仕事をしている。成長ホルモン分泌不全性低身長症というのが診断名だが、朔也はそれを受け入れ、同時に治療を拒否した。

「ひとによってはコンプレックスにもなるであろう強烈な自分の特徴を、朔也は個性として受け入れた。もちろんだからといって傷ついたことがないわけがないと思う。だから、彼はいつも孤高の強さとでもいうべきものをまとっていて、自己肯定できずに苦しむ人々を引き寄せるんです」

 こうした人たちの気持ちを想像できたのは、森さん自身、長くコンプレックスに苦しんできたという自覚があるからだった。

「そもそも何をやってもうまくできない子どもで、ただでさえ自分に自信が持てないのに、すぐ上に飛びぬけて優秀な姉がいて。長年刻み込まれた劣等感って、自分ではなかなか払拭できないんですよね」

 抱えてきたコンプレックスからやっと抜け出せたのが、最初の本を出したときだったという。10代の女の子向けのレーベル「講談社X文庫ティーンズハート」から出した恋愛小説だった。

「私にもできたってことが本当に嬉しかった。でも当初、親には言えなかったんです。叱られるんじゃないかと怖くて。いま考えたらそんなことないのに。実際、3冊目を出した後で父に本を差し出したら、なんで黙ってたんだってちょっと悔しそうに言われて。それからは本屋で私の本買ってたって聞いて、あの父がどんな顔して……とちょっと泣きました。きっとお互い不器用だったんでしょう。でも、そういうことに気づけるのは後になってからで、父が亡くなったときには、寂しいと同時に、これでもう愛情を求めなくてもいいんだと、どこかでほっとする気持ちもあったんです」

 愛して欲しい人がいる限り、求めてしまう。その一方で、自分のことはコンプレックスが邪魔をして受け入れられない。そうやって苦しんできた体験がいま、森さんの背中を押す。

 本作には性的虐待を受けた過去を持つ20代のフリーター・鈴美(すずみ)、男性経験がないことを気に病む40代の介護士・冬美恵(ふみえ)、そして30代の女性ふたりが登場する。ひとりは朔也の妻・理都子(りつこ)、もうひとりはフリーライターの天音(あまね)だ。天音は、朔也と、朔也によって自由になった女性たちを取材してノンフィクションを書こうとしている。その過程で、鈴美や冬美恵、理都子と触れ合い、知らぬ間にまとってしまった鎧に誰よりも苦しめられているのは自分だということに気がつく。そんな彼女に、朔也は言うのだ。

「もうさ、“これが自分”っていう思い込み、全部脱いで自由になっちゃえば?」

 これが魔法の言葉だと、森さんは誰よりも知っている。

 ◇ ◇

『幸福なハダカ』 新潮社 本体1600円+税

森美樹(もりみき)

1970年埼玉県生まれ。95年に講談社より少女小説家としてデビュー。恋愛小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、5年ぶりに執筆した「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で、第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。15年に同作を含む連作短篇集『主婦病』刊行。

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

最終更新:9/1(木) 12:00

本の話WEB

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