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「JK課」企画者が提唱、「職場の創造性なんて幻」

オルタナ 9/1(木) 20:03配信

転職情報サイトリクナビNEXT(運営:リクルートキャリア)は「職場を盛り上げる取り組み」を表彰するアワード「グッド・アクション」への応募を開始した。今年のキーワードの一つは「創造性溢れる職場」。創造性は生産性や安全性などと違い、数値化できず、引き出すことが困難だ。しかし、審査員の一人で、ニート株式会社や鯖江市役所JK課などを考案してきた若新雄純氏(慶応義塾大学特任講師)は、「職場の創造性とは幻であり、思い込み」と言い切る。その理由は、「職場の創造性を判断するのは、働く人自身だから」と明快だった。(聞き手・オルタナS副編集長=池田 真隆)

――今アワードでは、「創造性」が一つのキーワードです。もし若新さんが企業の人事担当者なら、どのような仕組みで創造性豊かな職場をつくりだしますか。

若新:「職場に創造性を」と、いたるところで、これだけ言われているのに、実は職場の創造性について誰も明確にイメージができていません。もしかしたら職場の創造性というものは幻なのかもしれません。世の中には、言葉だけがもてはやされて、実態がよく分からないものは多くあって、職場の創造性もその一つではないかと思っています。

例えば、「未来志向」と言いますけど、何をしても未来は来る。未来って言葉でキラキラした印象を与えているだけ。

純粋に言葉の意味だけから考えると、創造性溢れる職場とは、レコード会社のようにコンテンツを作っているところではないでしょうか。でも、だからといって、そのような会社がエントリーしてきても選ばれないと思います。世間で叫ばれているテーマとは違うから。

もしかしたら、仕事にやたらと創造性なるものを求めていることは、現状への不満の現れなのかもしれません。

創造性が叫ばれる前、職場では、生産性や安全性などが求められていました。組織マネジメントの歴史の教科書で、最初に出てくるのは、職場環境を整えて、生産性を高める方法についてです。

オフィスの電気の明るさ、机の間隔など、そういうところから始まり、生産性を上げていきます。でも、最近の傾向として、企業の取り組みを表彰するアワードでは、生産性が高いからといってその会社は表彰されていない気がします。

生産性はかつて目指してきたものであって、それなりの生産性を達成している会社は増えましたが、それだけでは従業員の何かが満たされなくなってきたのでしょう。

生産性が、職場の中で語られて、一気に進んだのは、生産性に関してはある程度、数値化できて、モデル化できたからです。次々と仕組み化して、実行していきました。最近は、生産性云々がそんなに言われなくなり、その代わりに、創造性が叫ばれているのなら、問題は、数値化できないことと比較できないことにあります。

どっちのほうが創造性溢れる仕事をしたのか比較するのは、その人の主観によります。小室哲也氏とつんく♂氏のどちらが創造性が高かったのか、なんていうのは主観で決まりますよね。でも、どちらが、生産性が高いのか比べるときは、投じた金額に対して、売上高や利益で判断できます。

つまり、どちらのほうが創造性豊かなのかなんて比較ができない。だから、アワードはあっても、権威ある人の主観でしか評価できない。

創造性を引き出すといっても、生産性なら、どう引き出せば良いのか分かっていて、かつ、引き出すとどういう結果になるのかがある程度予想できるから、そう言える。

生産性が引き出せたかはある程度客観的に示せるし、自分で生産性が高まったとも実感しやすい。数字で書けば可視化できるので。ダイエットのようなものです。

でも、例えば「やりがい」といわれても、分からない。ダイエットして、身体的に健康になったかどうかは数値化できるので、そういうものは人事も制度化しやすかった。それがいま、創造性の話になり、数値化できないから、難しい。いままでの仕組みと同じようにやっていてもうまくいかない。

社員が創造性を発揮できていると感じられる職場をつくるためには、結論としては、「おれは創造的な仕事をしている!」と主観的に感じられれば良いわけです。

仮に、ぼくがつくったニート株式会社は、経済的価値をほとんど生み出していませんが、もしメンバーたちが、「僕たちは創造性を発揮している!」と思うようになったなら、それを誰も否定はできない。みんながそう思うなら、創造性豊かな企業となってしまう。

しかも、創造性あふれる「職場」となると、マーケットに対して、何かを創造しているわけではなく、みんなが創造性を発揮できている「場」であるかどうかということ。だから、極端な話しそうなってしまう。KPIが通用しない領域なので、ぼくらもうまく審査できるかが問われていますね。

職場における創造性の有り無しは社員一人ひとりの主観なので、本来は、第三者がどうこう言うことはできない。企業の課題は、まさにこれで、第三者が評価しづらいということです。

――第三者を納得させる創造性の根拠が必要になってきますね。

若新:とりあえず今回のアワードでは、サービスがマーケットに対して創造しているのかはどうでもよくて、社員が職場でそれを体感しているかどうかが重要なので、そもそも第三者が評価することに対する矛盾みたいなものがありますだって、もし評価し出したら、キリがなくなるでしょう。

小さい子どもの遊びは創造性が豊かとよく言われていますが、その一番の理由は、「第三者の評価を気にしないから」だと思います。

お母さんの顔色は見ているかもしれませんが、その遊びが何点で、クラスで何位で、社会的にどれくらいのポジションなのか、いいね数は?、PVは?、ボーナスはいくらなのかなどを気にしない。つくったものに対して、素直に主観的に喜んでいます。でも、大人になっていくとそれができなくなっていく。

極端な例として、秀才と天才があります。秀才なるものは数値化できて、秀才かどうか評価できますが、天才であるかどうかの明確な根拠はない。秀才を育てる組織は、プログラムによってマネジメントできますが、天才を意図的に育てる組織をつくることは難しい。何を持って天才なのかがよく分からないから。

だから、天才を育てるには、漫画「スラムダンク」の安西先生のような人が必要だと思います。スラムダンクは主人公の桜木花道が最終話までチーム内で一番下手でしたが、「おれは天才だ」と言い続けて終わります。桜木が本当に天才なのかどうかはよく分かりませんが、彼は自分のことが天才であると信じて、物語が終わったので、彼自身が見ている世界からすれば、彼自身は天才であった。

そこにおいて、重要なのは、影響力のある指導者が桜木に「お前は天才じゃないから」と突っ込みを入れていないこと。「おれは天才だから何でもできる!」と自分に言い続けることによって、チームがなんか活気づけられていきます。

安西先生は、自称・天才の桜木を批判しない。そうだとも、違うとも言わずに黙って見守っている。

職場における創造性とは、第三者の評価に関係なく、本人が主観的に体感できるかどうか。

桜木は、第三者の評価に関係なく、彼は天才である人生を生きたと思う。大事なのは、企業でも、今求められているのは、「創造性豊かな仕事だった」と体感を持ちながら働けたかどうかだと思います。

周りの人がいくら、「君は創造性溢れる仕事をした」と言っても、本人がそれを体感していないのであれば、意味がないのです。

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最終更新:9/1(木) 20:03

オルタナ

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