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東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第1回) 『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 (春日太一 著)

本の話WEB 9/2(金) 12:00配信

 時代劇から「仁義なき戦い」まで数多くの傑作映画を生み出してきた東映京都撮影所の歴史をダイナミックに描いた『あかんやつら』(春日太一・著)。このたび文庫化され、渾身の解説文を書いた水道橋博士。
 今回、読書の秋にぜひオススメの一冊として、本書をより多くの人に読んでもらいたいと思った博士がWEB限定で公開する、文庫本の解説よりも長い“一万字”解説をお楽しみください。

 本書の表紙写真は東映三角マークでお馴染みの「荒磯に波」――。

 書影に押され、たまさか、この文庫を手に取り、解説から目を通す手練の読書家に、この一文を本編上映の予告編として捧げ、最初に言葉を荒げて惹句を掲げておきたい。

「貴方の眼前に拡がる、飛沫を立て怒涛逆巻く波に、迷うことなく今すぐ跳び込め!

 立ち上がっては崩れ落ち、打ち寄せては砕け散る、波瀾曲折の物語に巻き込まれろ!」

 文字通り十年一剣を磨くが如く書き上げた、著者渾身の一作は、頁をめくった刹那、目眩く群集劇、男騒ぎの止まらないカツドウ屋の歴史絵巻が一気呵成に続く。

 本書は「これは東映実録路線の再現か!?」と見紛うほど、侠気と狂気が行き交い、銀幕に内幕が絡み合い、映像と活字が切り結び、映画的興奮と読書の快楽が相伴う!

「ヤマ場からヤマ場へ」、息もつかせぬ大衆娯楽活劇にして圧巻の血風録。

 まさに巻を措く能わず――。

 まず、この本の著者の説明をしよう。

 春日太一――

 1977年東京生まれ。中高一貫校である名門男子校・海城高校に高校から入学。

「ガリ勉でもリア充でもない」映画及びテレビ時代劇などの文化に耽溺した青春期を送る。

 日本大学藝術学部放送学科に入学。在学時は一時期映画監督・石井輝男の書生を務め、映画の作り手を目指す時期もあったが、あるキッカケで時代劇研究者の道を歩むことになる。

 最終学歴は、日本大学大学院博士後期課程修了。

 つまり、ボクのような“偽”博士にあらず、博士号を持つ本物の芸術学博士である。

 さて、東映史に即せば、彼の生まれるその前年、任侠路線で東映を支えた高倉健はすでに退社独立、1973年以来、東映京都の屋台骨となった実録路線『仁義なき戦い』シリーズも行き詰まりを迎える。

「75年と76年、配収の年間ベスト10から東映京都製作の作品は姿を消してしまう……」。

 つまり、生まれた時から東映の黄金時代を知らない世代だ。

 しかし、「時代劇不要論」「京都撮影所不要論」も噴出し、すべてが終わったに等しい時代に生まれた筆者が、今、時代劇復興の声の先陣に立ち、京都太秦の撮影所の語り部として次々と映画本の傑作、秀作を産み続けているのは何故なのか?

 そもそもボクが、春日太一氏を初めて知ったのは2010年、1月――。

 氏の2冊目となる著書、文春新書『天才 勝新太郎』からだった。

 平凡なタイトル、聞いたことのない著者名。

 毎月、過剰に出版される新書群のなかで普通ならスルーするであろうに、何故、この本を手にとったのか?

 それはボクが、以前から勝新には少なからず興味があり、数多の自伝、評伝を読んできた自負はあるからだ。

 特に、山城新伍著『若山富三郎 勝新太郎 無頼控 おこりんぼ さびしんぼ』(幻冬舎 1998年。その後、2008年に廣済堂出版より解説・吉田豪で文庫化)の大ファンで、当時の書評に、このように記した。

「勝新太郎は『勝新大陸』、『勝新山脈』と呼ぶべき、常人の住む娑婆とは隔離された、芸能の真理を身に纏う偉大なる無法者であり続けた。この一般には見えざる概念上の、大陸、山脈は、川勝正幸さんや特殊漫画家・根本敬らの研究、紹介により、昨今、その存在が多くの人に知られるようになった。しかし、この偉大なる『芸能山脈』である勝新太郎が兄・若山富三郎、父・杵屋勝東治から連なる巨大な連峰であったことは、この芸能一家と密に付き合った、山城新伍というアルピニスト、及び、語り部がいて、あらためて気づかされるのである。この本は、役者・勝新太郎の世評の「破天荒」では収まりきれない、芸の凄みを同じ役者側から伝えた第一級の資料であった」と。

 そんなボクも含む90年代の勝新再評価の一方で、山城新伍や同時代人が次々と亡くなり、巷間語られる勝新伝説は、大酒豪ぶり、借金王などの豪放磊落伝、「もうパンツははかない」のコカイン事件の顛末など、私生活の破天荒さばかりで、本来、撮影所に聳えていたはずの勝新山脈は蜃気楼のように曖昧になっていた。

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最終更新:9/2(金) 12:00

本の話WEB