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『24時間テレビ』の羽生結弦のスケートを、あえて「感情」抜きで観てみると…

サイゾー 9/2(金) 18:01配信

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる“アイドル“を考察する。超刺激的カルチャー論。

 リオオリンピックが終わりました。以前この連載で書いたことがあるような気がしますが、私は採点競技が好きでして、夏のオリンピックでダントツに好きなのが体操です。今回のオリンピックでは観戦に熱が入りすぎ、そのあとしばらくグッタリしてしまったほど。特に男子の個人総合は、オリンピックに限定すれば、1996年アトランタの、李小双(中国)とアレクセイ・ネモフ(ロシア)の一騎打ちを超えるほどの戦いでした。いやあ、観てるだけであんなにグッタリするのですから、選手たちのメンタルったらバケモノです。内村航平の、「どんなときでも、両ひざがピッタリ閉じていて、かつ、つま先がそろっている」凄みと言ったら!

で、そのグッタリのあと、かなりひどい夏風邪をひいてしまいまして。癌の治療中でもあるので、しばらくお休みの時間をいただいておりました。静養をメインにここ1カ月弱を過ごしていたものですから、その間に観たものは限られてしまうのですが(おかげで録画の容量はギリギリ…)、「これは生で観ないと」と思っていたものが、ひとつ。それは日本テレビの『24時間テレビ』内での、熊本の被災地に向けてのメッセージを込めた羽生結弦のスケートでした。

 東日本大震災から現在にいたるまで、羽生結弦が寄付も含め本当に多くの献身的な活動をしていることは、私などよりも皆さんのほうがご存じでしょうから詳述は控えますが、それでもひとつだけ。こうした活動を震災の当事者が続けるということは、その記憶と向き合い続けること、その記憶から逃げないと決意していることを意味します。その一点だけでも、全面的な尊敬に値すると私は思っています。と言うかむしろ、「そこまで背負わなくてもいいの」「被災した人は、自分のことだけ考えるくらいでいいのよ」という気持ちのほうが強いくらいでして…。

 そう思いつつ、私はあえて、今回のエッセイでは「羽生のスケートそのものの凄み」を書いてみたいな、と。

と言うのも、「羽生が、この滑りにどんな思いを込めたか」ということに関しては、私以上に羽生結弦のことを愛している人たちが、それぞれのやり方や言葉で受け取って、ご自分の胸に刻んでいることでしょうから。そういった方々の思いは、それぞれにオリジナルで、それぞれに大切なもの。そこに口を差しはさむようなマネは野暮というものです。なので、この連載において初めて羽生結弦のことを書いた時と同じように、テクニック的なことを中心に箇条書き形式でつづってみたいと思います。

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最終更新:9/2(金) 18:01

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