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厳格だった父との付き合い方に悩んでいます [mi-mollet]

講談社 JOSEISHI.NET 9/2(金) 18:00配信

のぞみーるさんからの質問
Q.父とのコミュニケーションがない子供時代を過ごしたため、今になって困っています。
42歳の独身です。父との付き合い方がわかりません。小さい頃父はずっと単身赴任で、ほぼ母子家庭のようなところがありましたし、大学進学と同時に実家を出ているので、父と過ごした時間も短いです。世代なのかなとは思うのですが、叱られる時には必ず手をあげられていました。もともとの性格に加えて、年と共に、何でも自分が正しいと決めつけて話をするところがひどくなってきていて最近では関わらないようにしています。そうすれば喧嘩は避けられるので。技術者で人付き合いが苦手なことは分かっていますし、たまにくる手紙では実に素敵な泣けることが書いてあったりするので、次に実家に帰ったら仲良く話そうと思うのですが、毎回うまくいかないです。私は大学卒業の後留学もさせてもらって、何不自由なく育ててもらった感謝の気持ちはあります。なので親孝行しなくちゃって思うのですが、どうしたらいいのか分かりません。今は両親健在なのですが、仮に母が先に逝くようなことになったら、残された父とどうしたらいいのか……。

特別ゲスト 小林照子先生の回答
A.いきなり心の交流をはかろうとせず、 まずはお父さんにインタビューするのがお勧めです。
お父様は、不器用な方なんでしょうね。手紙に書かれていることが本心で、きっと文章でしか伝えることができないんでしょうね。距離を縮めたいと思っているのは、きっとお父様も同じだと思いますよ。

父娘の絆というのは、小さい頃に抱っこしてもらったり、いっぱい同じ時間を過ごしたり、そうして生まれるもの。そうして思春期になると娘はお父さんに、「くさい」とか「あっち行って」とか言うでしょう? これは父娘の仲が良いからこそ起こる、娘の独立心の現れなの。おそらくのぞみーるさんとお父様は、このどちらもやってきてないんじゃないかしら。つまり、まだ“他人”同士なんですよ。

そうして育った娘に再び、「父親に抱きしめてもらいたい」という感情が起こる時期がくる……、それが更年期なのですよ。

じゃあどうすればいいかというと、ぜひお父様にインタビューをしてください。

コミュニケーションとは、会話のキャッチボール。決して独演ではありません。でも小さいときに一緒に過ごしていないと、共通の話題もないし、お互いに考えていることも分からなくないから、ついお父さんは独演をしてしまう。その結果、のぞみーるさんはお父さんに反感を抱いてしまうのですよね。

ということは、“他人”からやり直せばいいのですよ。お父さんのことを、隣のおじちゃんだと思えばいい(笑)。他人だと思ったら、独演でも「ふーん」と聞いてあげられるでしょう? それでさらに、質問もしてあげるの。「そのとき、どんなものが流行っていたの?」とか。たとえばそこで「ビートルズが流行っていたんだ」とか聞くと、「ビートルズってお父さんの時代に流行っていたんだ!」と、急にお父さんの若い頃を身近に感じたりするもの。

お父さんやお母さんの若い頃の話って、案外聞かないものでしょう? でもね、私はもっと父母にインタビューをしてほしいと思うの。「どんなファッションをしていたの?」とか「どんな音楽を聴いていたの?」とか。そうやって両親の輝いていた時代を知るの。そうすると、その延長に自分がいると感じられ、親子の距離もきっと縮まりますから。

あのね、愛の反対って無視なの。愛を伝えたいのに、のぞみーるさんはお父さんを無視しちゃっていた。娘も不器用だったのね。でも大丈夫。親子の絆は、いつからでも生むことができますから。


いかがですか?
小林照子先生の回答、ぜひご参考になさってください。


PROFILE
小林照子(こばやしてるこ)
1935年生まれ。美容研究家。現在のコーセーを経て、1991年に「美・ファイン研究所」を設立。モデルや女優、政治家など何万人ものイメージ作りを手がけるほか、青山ビューティ学院高等部・中等部、同・京都校の学園長も務めている。最新著書『80歳のケセラセラ。いくつになっても「転がる石」で』(講談社)が好評発売中。プライベートでは27歳で結婚。娘の小林ひろ美さんは同じく美容家として活躍中。

最終更新:9/2(金) 18:00

講談社 JOSEISHI.NET

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。